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飯田市伊豆木の鯖鮨

ページID:0036151 印刷用ページを表示する 掲載日:2024年1月19日更新

飯田市伊豆木の鯖鮨(いいだしいずきのさばずし) 

区 分:長野県選択無形民俗文化財(平成12年3月15日 選択)

所在地:飯田市伊豆木

概 要:

三穂地区にある伊豆木八幡宮では、秋季例大祭の宵(よい)祭り(10月7日)に鯖の姿鮨が奉納され、氏子(うじこ)の家では鯖のチラシ寿司が振る舞われます。伊豆木の鯖鮨祭りといわれています。

その始まりは江戸時代の初めの頃とされます。伊豆木を治めていた領主、小笠原長巨(ながなお ※1)は、徳川家康に従い関ヶ原の合戦(1600年)や大坂夏の陣(1615年)に出陣しました。

その際、保存のきく塩鯖が兵糧食として重宝され、後に伊豆木小笠原家の氏神である八幡宮に奉納したことが始まりといわれています。領民もこの御下がりをいただくことで、戦の苦労を偲び、あるいはご利益にあやかろうとしたものともいわれます。

または、長巨が上方(かみがた ※2)からその調理法を聞いて領民に広めたものともいわれています。

調理法は、神前に供えられる姿鮨(丸鮨)と家庭のものでは異なります。

姿鮨は、一晩塩抜きをした鯖2尾を背開きにし、酢と砂糖で漬け、酢飯を詰め、クマ笹を敷いた三方(さんぽう ※3)に供えます。

家庭用では、数日塩抜きをした鯖を三枚におろして、およそ1cm角に刻み、甘酢で一晩漬けておきます。酢飯を冷ましてから鯖の角切りを混ぜてチラシ寿司にします。ミョウガなどの薬味や、鯖の調理方法など、家庭ごとに独自の味付けがあります。

鯖鮨は、海がない信州で、保存の効く塩鯖が伊豆木という限られた地域、家庭で独自に発達した食文化で、大変美味しい文化財です。

※1 小笠原長巨:最後の松尾城主、小笠原信嶺(のぶみね)の弟です。徳川氏と共に一度は武蔵国本庄(埼玉県本庄市)に国替えをさせられましたが、慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦の後、故郷の伊那郡へ復帰し、伊豆木に屋敷を構えました。なお、屋敷の一部が残っており、旧小笠原家書院として重要文化財に指定されています。

※2 上方:大阪・京都を中心とした近畿地方のことです。

※3 三方:神事などにおいてお供えを供える台のことです。

奉納
姿鮨
さば

~三穂地区内で鯖鮨を取り扱うお店~

  古川商店(古川みつほ)      連絡先:0265-27-2031

  京ちゃん工房(代表 坂巻京子) 連絡先:0265-27-2541

詳しいことについては、三穂公民館(連絡先:0265-27-2930)までお問合せ下さい。

~郷土食のレシピ本~

  『飯田の風土料理読本』 飯田市生活改善グループ連絡協議会

飯田市立図書館(外部リンク)で貸出可能です。

 伊豆木八幡宮

小笠原長巨の伊那復帰に伴い、慶長5年(1600)に、松尾の鳩ヶ嶺八幡宮から祭神を迎えたといわれます。現在の社殿は、後の再建と考えられています。

秋季大祭宵祭 10月7日

 18時    神事

 19時30分 奉納打上煙火・子供神輿

 20時    大三国(だいさんごく)奉納

 20時30分 終了

大三国とは、飯田下伊那を特色づける煙火(はなび)です。大筒から和式の火薬による火の粉が強弱をもって噴き上げられ、舞い落ちます。西洋火薬の打ち上げ花火のような、赤や緑の派手さはありませんが、独特の美しさがあります。

その昔、武田信玄が甲州(山梨県)・信州・遠州(静岡県西部)の三国を平定した祝いに打ち上げたとも、日本・中国・インドの三国で一番優れている(世界一である)からともいわれます。

秋季大祭 10月8日

 14時   大祭神事・昼花火奉納・浦安の舞奉納 他

祭典は曜日に関係なく、毎年同じ日に行なわれています。上記日程は平成27年度のものですので、三穂公民館(0265-27-2930)までご確認下さい。


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