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旧川路村 役場文書整理・調査

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年3月8日更新

旧川路村 役場文書整理・調査

 文化庁マーク 平成28年度文化庁文化芸術振興費補助金 (文化遺産を活かした地域活性化事業)

 川路の蔵蔵の中の様子    写真2 昭和14年(1939)「第二次先遣隊来翰綴」.JPG
左:史料を保存している川路自治振興センターの蔵と整理後の蔵一階の様子。
右:昭和14(1939)年「第二次先遣隊来翰綴」。

川路の様子 川路の様子
旧川路村役場文書を公開したときの様子。

旧川路村 役場文書整理・調査 報告 

 川路自治振興センターの敷地内にある蔵には、旧川路村役場文書を中心として、かつて川路で暮らした人びとの様子を示す貴重な歴史資料がたくさん保管されています。歴史研究所では、2016年9月から2017年2月にかけて、まちづくり委員会などの許可を得て、文化庁の「文化遺産を活かした地域活性化事業」の一環として整理作業に取り組みました。
 
 11月には、川路公民館で文書整理の様子といくつかの資料を公開しました。訪れた市民の皆さんは、古い資料にふれてみて改めて川路の歴史をふりかえることができたと感激されていました。
 

 今回整理した資料 約12,100点の中で、興味深い文書をひとつ紹介します。
 戦時中、国策に従い、川路村からは多くの人が満洲(浜江省木蘭県老石房川路分村)に渡りました。いわゆる満洲移民です。本格的な移住に先立って先遣隊が派遣されましたが、今回の作業の中で、昭和14(1939)年1月に出発した第二次先遣隊から川路村へ差し出された書簡の綴りが見つかりました(「第二次先遣隊来翰綴」)。このうち同年5月の書簡では、移民自ら耕作する田が5町、畑が60町ほどあり、一方で満洲人や朝鮮人へ小作に出す田が200町、畑70町ほどあること、また農耕作業には苦力(労働者)30人と馬20頭を使い、大豆・高粱・粟・ポウミー・小麦・稲を作付け、蒔き付けていることなどが記されています。また7月の書簡では、赤痢が発生し、女性1人が亡くなったことなどが述べられています。満洲移民の生活実態の一端が知られる貴重な文書といえます。
 これらの歴史資料が今後もしっかりと保存され、研究や諸活動に活用されることを願っています。(研究員 羽田 真也)