ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
ホーム > 分類でさがす > くらしの情報 > 教育 > 歴史・風土 > 資料展示コーナー「飯田町と水路 ―飯田に残る絵図から―」
ホーム > 分類でさがす > くらしの情報 > 施設案内 > 図書館・美術館・博物館 > 資料展示コーナー「飯田町と水路 ―飯田に残る絵図から―」
ホーム > 分類でさがす > くらしの情報 > 教育 > 学習情報 > 資料展示コーナー「飯田町と水路 ―飯田に残る絵図から―」

資料展示コーナー「飯田町と水路 ―飯田に残る絵図から―」

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年11月14日更新

資料展示コーナー

 歴史研究所の廊下に設置してあるガラスケースを活用した資料展示コーナーで、歴史研究所所蔵の資料などを解説を加えて紹介しています。現物の資料には、写真で見るのとはまた異なる味わいがあります。歴史研究所へ来所の折には、ぜひご覧ください(不定期に更新します)。

 飯田町と水路―飯田に残る絵図から―

資料展示コーナー 

展示コーナーの史料 展示コーナーの史料の画像   
左:飯田城内御馬場の屋敷絵図 (福沢洋治氏旧蔵文書)
右:消防必携 水路明細調図 (飯田市歴史研究所蔵)    

 歴史研究所移転後、最初の展示となります「飯田町と水路」についてご紹介いたします。

 台地の上に築かれた飯田町では、上飯田を水源とする水路が張り巡らされ、堀端(現在の銀座通り)で集約されました。そしてそこから引かれた水路によって飯田城内へ水が運ばれたのです。     
 こうした水路は近代にも継承され、消防水等としても利用されました。飯田町の現在の景観は大火からの復興の中で形成された部分が大きく、橋南を中心にはしる裏界線も、大火後の復興を契機として整備されています。裏界線の多くは、近世以来の井水(水路)の上にはしっており、裏界線が整備されるのは大火以後ですが、近世以来の景観が近現代の都市景観にも影響を与えていました。

 今回の展示では飯田町における水路図や桜丸御殿図のパネル、武家屋敷の絵図、大正時代の防火水路図などを展示しています。近世飯田町の景観を、水路に注目しながら飯田町に残された絵図類を通してご紹介しています。

 ※本展示は、公益財団法人クリタ水・環境科学振興財団による助成金「都市の形成過程における水路と路地の関係性」(16E034・研究代表者樋口貴彦)による成果の一部である。