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飯田アカデミア第83講座を開催しました

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年6月9日更新

飯田アカデミア第83講座 報告

     遊廓社会史研究の射程 ―近世~近代移行期を中心に―

   講師 佐賀 朝 (さが あした)さん (大阪市立大学大学院文学研究科教授)

今回のアカデミアは、5月19日及び20日に飯田市役所で開催し、2日間で約50名の方が参加しました。

  

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 遊廓を、「公権力の承認を受けた性売買業者が人身売買を通じて獲得した女性たちを、遊客である男性たちに提供し、

奴隷的に搾取する場」と厳密に規定し、近代におけるその歴史を詳しく紹介する内容でした。遊廓を文化の象徴として

みるような表層的な理解に対し、大きな問題点を投げかける中身の濃い講義でした。

講師紹介

 佐賀 朝 (さが あした)さん (大阪市立大学大学院文学研究科教授)

 プロフィール

1966年生まれ。桃山学院大学経済学部准教授などを経て、現在、大阪市立大学大学院文学研究科教授。

専門は日本近代史。とくに、近代大阪の都市社会史、遊郭社会史の研究に取り組まれている。

著書に『近代大阪の都市社会構造』(日本経済評論社、2007年)、編著に『シリーズ遊郭社会1 三都と地方都市』(吉川弘文館、2013年)

『シリーズ2 近世から近代へ』(同左、2014年)(いずれも吉田伸之氏と共編)などがある。

講義概要

遊廓社会史研究の射程 ―近世~近代移行期を中心に―

【第1講】 遊廓社会史研究の到達点 ―講義の課題と研究史上の諸課題

まず遊廓社会史の研究史が整理され、近世史研究における都市論や身分論によって導き出された社会=空間構造の

視角を基盤に、ジェンダーの視点も含みこみながら、遊廓をめぐる多様な人びとの相互関係(=遊廓社会)を解明し、

そうした場に生きることを強いられた女性(遊女)の歴史的位置づけを明らかにすることが求められていると指摘されました。

そのうえで、近世中期~幕末の遊廓社会の流れが概観され、近世中後期~幕末維新期の遊廓社会は、公認遊所を

少数に限定する形で性売買を身分的に統制する近世の基本的な仕組みが崩壊する方向にあったことが述べられました。

 

【第2講】 居留地付き遊廓の比較社会史 ―横浜と大阪・東京

幕末~明治初年に開発された居留地付き遊廓のひとつ横浜遊廓を主な素材として、その開発の特徴とともに、

横浜遊廓の社会=空間構造(空間構造、土地所有関係、営業者とその仲間、経営状況など)が明らかにされました。

最後に、同じ居留地附き遊廓である東京の新嶋原遊廓や大阪の松嶋遊廓との比較から、居留地付き遊廓が近世の

新吉原遊廓のコピーという特徴をもちつつ、性売買を近代日本社会に深く浸透させる契機・媒介となったことが指摘されました。

 

【第3講】 芸娼妓解放令をめぐる諸問題

明治5年(1872)の芸娼妓解放令の意義と、それをめぐる動向が取り上げられました。まず、この法令は、近世社会で

行われてきた事実上の人身売買を禁止し、遊女や芸者の身柄を解放したものであったが、明治政府には性売買そのものを

禁止する意図はなく、本人の自由意思にもとづく芸娼妓稼業という形での性売買営業の存続が想定されていたことが

述べられ、この結果、娼妓(遊女)の近世以来の奴隷的拘束が受け継がれる一方で、彼女らのよりよい生存と解放を求める

運動を呼び起こしたことが指摘されました。また、府県に統制が委ねられたことに伴い、芸娼妓解放の実施過程は

府県ごとに多様な動向を見せたことが明らかにされ、各府県における遊廓社会の実態と府県の政策選択とを

統合してみる視角の重要性が述べられました。

 

【第4講】 近現代における遊廓社会史の諸問題

明治時代半ば以降から第二次世界大戦終結後の1950年代までの遊廓社会の歴史について概観されました。

国際的な廃娼運動をはじめとした内外の圧力をうけながらも、遊廓社会は地方都市、北海道開拓地、軍都などへ

普及・拡大したことが述べられ、その延長線上に日本軍の「慰安所」制度が存在することが指摘されました。

そして最後に、1956年の売春防止法により、遊廓社会は消滅に向かい、現在はその最終段階にあるが、

国内外の状況をみると、遊廓社会の歴史的内実を明らかにしていく作業は、依然として大きな今日的課題であると

述べられて、講義は終了しました。