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「農業雑記」から地域史を探る-近世下伊那の農書-多和田 雅保(研究員)

印刷用ページを表示する 掲載日:2008年6月3日更新

近世下伊那の農書

 私は以前この連載で、飯田市松尾新井の森本家文書を読んでいると、この地域で当時どのような農業が行われていたかがわかると述べ、地域の農業の歴史を知ることが、現在および未来の地域の方向性を模索する上で非常に重要だと指摘しました。今回はその続きとして、当時の森本家が書いた農業の技術書(農書)に関して説明します。

 前回はこの農書の題名を表紙の記載から「農事萬覚帳」としましたが、ここで「農業雑記」に訂正したいと思います。この農書は江戸時代後期の森本家の当主、森本信行が書いたのですが、実は信行は序文で「この古い帳面には白紙が多いから自分が農業のことを記す」と述べ、その次に「農業雑記」との題名が書いてあるのです。この方が書の名前としてふさわしいと思います。
 「農業雑記」はあくまでも下書きであり、字も読みにくく、公表を企図していたかどうかは不明ですが、調べた限りではそのような事実はないようです。またこれについて触れた研究も今のところ目にしていません。下伊那地域における農書としては今のところ唯一のものだと思います。

「農業雑記」の地域性

 森本信行は序文で、農業をするにあたっては『農業全書』が参考になると言っています。この『農業全書』は信行の代から百年以上も前に、筑前国女原村(現福岡市)の宮崎安貞が刊行した農書ですが、その内容は全国に通用し、江戸時代の農書では最も有名です。「農業雑記」には『農業全書』からの引用が確かに多く、強い影響を受けていたことがわかります。しかし一方で信行は『農業全書』を、「よその国の様子を表したものだ」とし、「農業雑記」について「地元の農民や自分のうちの過去の記録を調べて野菜や穀物の作り方をまとめた」と述べています。そこで内容を検証すると、例えば稲の籾蒔きでは「自分の家の安永四(一七七五)年の記録をみると、苗代一坪につき籾を五合蒔いている」とあり、おそらく50年以上も昔の自分の家の記録を引用し、別の箇所では同じく籾蒔きについて「名古熊村(現飯田市鼎名古熊)では籾を一坪に三~四合蒔く」と、地元の村の事例を述べています。また「籾を水に浸す時間は長い方が稲の色実がよくなる」と源右衛門(地元の人だと思います)から聞いたとも書いています。「農業雑記」にはこのように、地元の農業に関する記載があちこちでみられ、当時のこの地方の農業水準を知ることができるのです。
 また「農業雑記」は苗代の作り方や耕し方、水のやりかたなど稲作に関する記述が多くあります。そこには当時の松尾新井が今と同様水田に恵まれていたという地理的原因と、米作を重視した江戸時代という歴史的原因があると思います。またほかにも麦・稗・粟・蕎麦などの穀類、牛蒡・茄子・大根・里芋などの野菜、および桑・木綿・楮などについても栽培に関する記事があります。それらは物によって記述の量も『農業全書』からの引用の比重も違います。野菜でいうと里芋、茄子などの記述が多く、地元の事例が豊富に引いてありますが、森本家の別の記録によれば、当時同家では里芋と茄子を多く作っていたことがわかっており、そのことと関連しています。

茄子栽培の地域史的特質

 「農業雑記」の具体的な中身について、茄子に関するものからほんの一部だけ紹介します。例えば「初茄子」について記した中に、「昔は五月(現代の六月頃か)に出来る茄子は早いと言われていたが、最近は作り方も上手になって、自分の住んでいる新井だけでも4、5軒は作っている」とあります。複数の家が茄子を早く作るための工夫を行い、それが技術改良を進めていたのです。当時森本家は、自分の家で作った茄子をあちこちに売っていましたが、そのうち5月ごろの茄子は夏の終わりの茄子に比べて大体10倍ほど値段が高いものでした。以上から、これらの家が茄子を高く売ることを目指し、なるべく早く作ろうと競い合っていた様子が想像できると思います。また「農業雑記」を読むと、森本家が初茄子を飯田藩の家老、奉行など上級家臣らに献上している記事が登場し、初茄子にはそういった政治的あるいは文化的な意味合いもあったことがわかります。もっともこの記事は全体を大きく朱線で末梢してあり、藩から倹約のお触れが出たので茄子の献上をやめた旨が記してあります。

「農業雑記」の可能性

 以上の指摘からだけでも、明治以後現在に至る松尾地区の茄子や里芋の栽培に関する歴史はいかなる変遷を経たか、またそれはこの地域全体に当てはめた場合一体どのように評価できるのか等々、多くの疑問が浮かんできます。現在この地域では農業生産の振興に向けて様々な取り組みがなされていますが、そのためには歴史研究を通じて地域特性を知ることが必要不可欠ではないでしょうか。「農業雑記」はその意味でも貴重な記録なのです。いずれ翻刻を行って公開し、地域の方々と一緒に研究することを考えています。