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旧飯田測候所庁舎が国登録有形文化財(建造物)に答申されました

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年4月23日更新

 4月20日、国の文化審議会が飯田市馬場町の旧飯田測候所庁舎を登録有形文化財にするよう答申しました。登録有形文化財とは、重要文化財指定制度を補うもので、文化財指定に至るまでゆるやかな規制の下で建造物などを保護する制度です。飯田市では追手町小学校校舎と講堂、旧山本中学校杵原校舎管理教室棟と同校舎教室棟に続いて5件目となります。

旧飯田測候所の歴史

 旧飯田測候所は大正11年(1922)12月に竣工、翌12年(1923)1月1日より観測が開始され、平成14年5月に市内高羽町へ移転するまで、ここで観測が行われました。

 昭和22年(1947)に発生した飯田大火の被害を免れた貴重な建築物のひとつです。

 敷地内には、ソメイヨシノの大木があり、この木を基準に飯田下伊那地方の桜の開花宣言が昭和28年以来発表されてきました。平成14年に同市高羽町の高羽合同庁舎に移転し、同18年に測候所が無人化され、開花宣言は廃止となっています。

 県内には、飯田のほかに、諏訪・松本・軽井沢に測候所がありましたが、いずれも無人化され、「特別気象観測所」に移行しています。したがって、旧飯田測候所の庁舎は県内の気象観測の生き証人として貴重な遺構となっています。

建物の概要

 旧庁舎は、正面間口10間半、奥行6間余の規模の、木造平屋建、寄棟造(※1)、桟瓦葺(※2)の建物で、棟の中央部に塔屋(※3)をのせています。正面に切妻破風(※4)と車寄せの切妻屋根を重ね、車寄せの屋根には照り起り(※5)をつけています。車寄せの持送、切妻破風の表現、軒の持送などにはセセッション様式(※6)が用いられています。

 旧庁舎の当初図面(縮尺100分の1)が残されており、これによれば、当初は、窓の大半は上げ下げ窓であったことがわかります。また、向かって右側の事務室の上に観測用の測風塔が建てられており、これがほかの庁舎と異なる測候所のシンボルでした。この測風塔は、昭和35年に鉄筋コンクリート造の事務所上に新築され、木造の測風塔は撤去されて、現在の外観となっています。

旧飯田測候所の庁舎は、長野県に残る唯一の大正期の測候所の建物で、我が国の気象観測の歴史を知る上で貴重な建築といえます。
旧飯田測候所庁舎を正面から見る

※1 寄棟造(よせむねづくり)…4方向に傾斜する面が合わさって作られた屋根をいいます

※2 桟瓦葺(さんかわらぶき)…寺院建築などにある丸瓦と平瓦を交互に葺くのではなく、丸瓦と平瓦を一体させた一枚瓦をふく方法で、一般の民家によく見られる形式です。

※3 塔屋(とうや)…建造物の屋上から突きだした部分をいいます。 

※4 切妻破風(きりづまはふ)…2方向の傾斜面をあわせた切妻屋根の屋根のない面をいいます。旧測候所では入口上にある二つの屋根の正面を向いた面にあたります。

※5 照り起り(てりむくり)…旧測候所の正面入口上の破風のうち、下の屋根のふくらんだような形をいいます。

※6 セセッション様式…19世紀末にウィーンで誕生した革新的な建築様式で、直線と平面を多く用いるのが特徴です。