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飯田城の惣堀が修理されました

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年5月21日更新

菱田春草(ひしだしゅんそう)、日夏耿之介(ひなつこうのすけ)の墓があることでも知られている飯田市箕瀬の柏心寺(はくしんじ)。

お寺の裏手は墓地となっていますが、この墓地は、飯田城の惣堀(そうぼり)に設けられた土塁(どるい)の一画にあります。

飯田城は明治維新とともに徹底的に破壊されたため、この土塁は現在地表で観察できる数少ない遺構(いこう)です。

土塁を支える石垣は、飯田城当時の石垣ではありませんが、昭和22年の飯田大火で焼失する前の飯田町の面影を偲(しの)べられる場所として大切に残されてきたものです。

 

この石垣、今年の3月に崩落してしまいました。

修復にあたっては、コンクリート壁にする、という方法もありました。

しかし、お寺と総代(そうだい)の方が「それでは飯田城や城下町の面影が失われてしまう」ということで、旧来の手法で石垣を組み直して下さいました。 

こうした取り組みのおかげで、昔ながらの風情(ふぜい)と景観が守られ、大切なまちの魅力が維持されることとなりました。

関係者の皆さま方に感謝いたします。



惣堀:城と一緒に城下町を囲い込んだ城の構造を惣構え(そうがまえ)といい、惣堀とはその最も外側の堀のことです。

土塁:堤防のように土を盛り上げた防御施設。敵の侵入を防ぐ、視界を遮(さえぎ)る、戦術上有利な高所を確保する、などの役割があります。平地では、堀を掘った排土を盛って土塁とします。

飯田城・城下町の特徴や歴史、絵図は、『飯田城ガイドブック』や、飯田市美術博物館のサイトが参考になります。

 

石垣
奥の白い部分が新しく組み直された石垣です。
堀に面した部分ではありません。
石垣
道路は堀を埋め立てた位置にあり、左側の石垣が土塁の残りです。