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国指定史跡 飯田古墳群(いいだこふんぐん)

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年6月7日更新
 平成28年6月17日に国の文化審議会から出された答申を受けて、平成28年10月3日に「飯田古墳群」が正式に国指定史跡となりました。

飯田古墳群(いいだこふんぐん)

名称

 飯田古墳群(いいだこふんぐん)

特集国指定史跡飯田古墳群
特集国指定史跡飯田古墳群(広報いいだ平成29年1月1日号より部分転載)

所在地

 飯田市座光寺・上郷・松尾・竜丘

塚原二子塚古墳
塚原二子塚古墳(飯田市竜丘)

時代

 古墳時代(5世紀~6世紀)

御猿堂古墳
御猿堂古墳石室(飯田市竜丘)

史跡 飯田古墳群として指定された古墳

 座光寺  高岡第1号古墳(たかおかだいいちごうこふん)

 上 郷   飯沼天神塚(雲彩寺)古墳(いいぬまてんじんづか(うんさいじ)こふん

 松 尾   御射山獅子塚古墳(みさやまししづかこふん) 

        姫塚古墳(ひめづかこふん)

        上溝天神塚古墳(あげみぞてんじんづかこふん)

        おかん塚古墳(おかんづかこふん)

        水佐代獅子塚古墳(みさじろししづかこふん)

 竜 丘   大塚古墳(おおつかこふん)

        塚原二子塚古墳(つかばらふたごづかこふん)

        鏡塚古墳(かがみづかこふん)※

        鎧塚古墳(よろいづかこふん)※

        御猿堂古墳(おさるどうこふん)

        馬背塚古墳(ませづかこふん)

  ※印のある2基は帆立貝形古墳、その他11基は前方後円墳です。

指定された理由

1. 古墳群の構成

 飯田古墳群は、飯田市の天竜川右岸段丘上の南北約10Km、東西約2.5Kmの範囲に、古墳時代中期から後期(5世紀後半から6世紀末)にかけて継続して築造された18基の前方後円墳と4基の帆立貝形古墳からなる古墳群です。このうち、比較的良好に残る11基の前方後円墳と2基の帆立貝形古墳が国史跡に指定されました。

2. 前方後円墳の出現とヤマト王権との関わり

 5世紀後半に突如として古墳の築造が始まります。古墳築造の背景には、5世紀中頃に飯田地域にもたらされた馬の文化を通じたヤマト王権との関わりが考えられます。

 飯田地域は、内陸交通において東西地域を結ぶ交通の結節点に位置しており、独自に周辺地域との交流があったことを示すとともに、ヤマト王権による東国経営とも関わりがあったことを物語っています。また、6世紀後葉の前方後円墳の消長及び畿内系横穴式石室(きないけいよこあなしきせきしつ)受容の背景には、地域の再編成とヤマト王権の東国経営強化の過程を見ることができます。

3. 飯田古墳群の価値

 飯田古墳群は広範囲に及びますが、一体の古墳群として捉えることで、古墳時代中・後期にみられるヤマト王権による政治支配の状況や東国経営のあり方を知ることができるとともに、ヤマト王権を構成する地域社会の動向を知る上でも重要です。

飯田古墳群パンフレット

国指定史跡飯田古墳群パンフレット (PDFファイル/7.29MB)

特集国指定史跡飯田古墳群(広報いいだ平成29年1月1日号より部分転載) (PDFファイル/12.71MB)

飯田古墳群関連情報

飯田市有形文化財 飯田古墳群馬匹関連遺物(いいだこふんぐんばひつかんれんいぶつ)

 

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