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ページID:0068509 印刷用ページを表示する 掲載日:2022年9月20日更新
長野県宝(県有形文化財)/ 県民俗文化財 / 県史跡 / 県天然記念物
※名称等にリンクがある場合は詳細をご覧頂けます。
名 称 | 所在地等 | 概 要 | 見学・備考 |
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旧座光寺麻績学校校舎 | 座光寺2535 | 木造2階建、一部3階建、入母屋造、桟瓦葺。明治6年(1873)の建築で、1階は歌舞伎舞台となっている。学校建築としては県下最古で、間口10間の舞台は県下最大である。 | 公開、申し出必要 |
梵鐘 | 下久堅南原1142 文永寺 | 弘安2年(1279)の銘を持つ類似型の鐘が小海町にあり、それに近い鎌倉時代後期の頃、文永寺創建当時の製作と推定される。 | |
眉庇付冑 |
飯田市美術博物館 |
松尾の妙前大塚古墳より出土した古墳時代の冑で、地金銅装で総高32cm、鉢は下底で直径20.2cm、短径18.8cm、高さ13cmである。 | 入館料 |
下伊那出土の富本銭、和同開珎銀銭 |
飯田市美術博物館 |
天武12年(683)鋳造の我が国最古の貨幣である富本銭と和銅元年(708)鋳造された和同銀銭で、当地方が大和朝廷との深い関係にあったことを示す貴重な資料である。 | 入館料 |
木造十一面観音立像 | 立石140 立石寺 | 高さ1.05mの一木造りの像で、平安時代の古い様式を残している。立石寺の秘仏本尊となっている。 | 非公開 |
木造大鑑禅師坐像 | 上川路1000 開善寺 | 禅僧清拙正澄の坐像で、高さ72cmヒノキの寄せ木造りで、表面の文様などから鎌倉・南北朝時代の作と推定される。 | 非公開 |
阿弥陀如来坐像 | 箕瀬町1丁目2464-1 柏心寺 | 像高51.8cmの木造漆箔の像で、鎌倉時代前半期の作とされる。運慶・快慶の流派である慶派仏師の作風の影響を受けている。 | 所有者へ申し出て下さい。 |
平沢文書 | 飯田市歴史研究所 | 戦国時代から江戸時代にかけて下久堅北原の庄屋平沢家に代々伝わった古文書で、村人の生活の様子や行政担当者の資料が一括で残っている。 | 非公開 |
絹本著色菊慈童 |
飯田市美術博物館 |
明治33年(1900)菱田春草26才の作で、日本画の革新を目指した朦朧体画風の代表作である。日本美術院の絵画共進会に出品した大作である。 | 展示予定は美術博物館へお問合せ下さい。 |
信濃国飯田城絵図 | 仲ノ町303-1 下伊那教育会 | 江戸時代初期脇坂氏藩主時代の飯田城ならびに城下町の姿を描いた飯田城最古の絵図。堀氏に引き継がれると武家屋敷の配置に使用し、その際の付箋が残る。 | 非公開 |
民俗文化財
名 称 | 所在地等 | 概 要 | 見学・備考 | |
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今田人形 | 龍江 | 三人遣いの人形浄瑠璃で、宝永元年(1704)より伝わるとされる。 | 10月第3日曜日土曜奉納上演 | |
黒田人形 | 上郷黒田 | 三人遣いの人形浄瑠璃で、元禄年間(1688~1704)より伝わるといわれる。人形の操法に手と呼ばれる古い型を伝える。 | 4月第2日曜日土曜奉納上演 | |
味の文化財 | 味の文化財 | 県内一円 | 長野県における伝統的な食文化の代表事例であり、市内では下記の事例が該当する。 | |
御幣餅 | 炊き立てのうるち米を潰して串に刺して、ミソあるいはしょう油とクルミ・ゴマなどのタレをつけて焼いた食べ物。 | 市内各所で販売 | ||
野沢菜漬け | 野沢菜は信州を代表する漬物。 | |||
焼き餅 | 上村他 | そば粉などを捏ね、餡として季節の野菜やサンマなどを入れ、乾かした後に囲炉裏の灰の中に入れて焼いたもの。遠山ではソバ団子と呼ばれる。 | ||
手打ちソバ | 上村・南信濃他 | ソバを麺にしてつけ汁にして食べる、いわゆる切り蕎麦のこと。 | ||
飯田市伊豆木の鯖鮨 | 伊豆木 | 10月7日の八幡宮祭典に奉納される姿鮨と家庭で食べられるチラシ鮨がある。伊豆木小笠原初代長巨が上方に出陣した際の兵糧食といわれる。 | ||
南信州の柚餅子 | 南信濃他 | 味噌・米粉・うどん粉・砂糖・クルミなどをまぜ、柚子の実の汁を加えて蒸した菓子である。 | ||
木曽の朴葉巻・下伊那南部の朴葉餅 | 上村他 | 米の粉を捏ねた皮で小豆の餡を包み、朴の葉でくるんで蒸し上げたもの。 | ||
遠山郷の二度芋の味噌田楽 | 上村・南信濃 | 二度芋はじゃがいもの在来種で、甘味があり、煮物などに使っても煮崩れしない。これを味噌田楽にして炭火であぶった郷土食である。 |
名 称 | 所在地等 | 概 要 | 見学・備考 |
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代田山狐塚古墳 | 松尾代田1403-71 | 全長42m前方後方墳で、4世紀代の築造と考えられる。ヤマト政権より一足早くに東海地方勢力の影響があったことが示唆される。 | 遊歩道あり |
御猿堂古墳 | 上川路884‐2他 |
墳丘長65.4mの前方後円墳で、6世紀中頃の築造と考えられている。石室は細長い形状をしており、東海地方の石室との類似点がある。主要部は史跡「飯田古墳群」に指定されており、一部が県史跡となっている。 |
所有者・近隣へ配慮して下さい。 |
鈴岡城跡 | 駄科1729他 | 段丘突端の平山城。室町時代、小笠原氏は家督を巡り一族内で争った。鈴岡城はその一派が拠った城で、松尾城主などと対立した。 | 公園 |
松尾城跡 | 松尾代田1006他 | 段丘突端の平山城。室町時代、信濃守護職松尾小笠原氏の本拠地として信濃・伊那の中心であった。 | 公園 |
南本城城跡 | 座光寺1849他 | 大規模で複雑な縄張の山城。保存状態が大変良い。文献はないが、座光寺氏の他、戦国大名の関与が考えられる。 | 遊歩道あり |
座光寺の石川除 | 座光寺6710-2 他 | 文政11年~天保2年(1828~1831)に、天竜川と南大島川の合流点に築かれた石積みの堤防で、治水利水の様子をよく伝えている。 |
名 称 | 所在地等 | 概 要 | 見学・備考 |
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ホンシュウモモンガ | 地域を定めず | 日本特産のリス科の小動物で、本州・四国・九州に分布し、市内の山間部に広く分布していたが、近年激減している。 | |
ホンドオコジョ | 地域を定めず(赤石山脈) | イタチ科の小動物で、中部地方以北の山岳地帯に生息し、伊那谷では木曽・赤石山脈の主として亜高山帯以上の地域に生息する。 | |
ブッポウソウ | 地域を定めず(南信濃) | ブッポウソウ科の鳥で、東南アジア地域から、夏鳥として渡来する。飯田市では遠山谷で確認されている。 | |
モリアオガエルの繁殖地 | 上郷黒田3481 野底山池の平 | 日本固有種のアオガエル科の繁殖地。カエルの仲間では唯一樹上に産卵し、5月から7月にかけて泡状の卵塊を池の上の枝に産みつける。 | 林道入口は施錠、申し出必要 |
ベニヒカゲ | 地域を定めず(赤石山脈・木曽山脈) | ジャノメチョウ科の高山蝶で、市内では木曽山脈、赤石山脈で確認される。 | |
クモマベニヒカゲ | 地域を定めず(赤石山脈・木曽山脈) | ベニヒカゲと近縁の高山蝶で、木曽・赤石山脈では主としてダケカンバ帯の林間の草地などに生息している。 | |
クモマツマキチョウ | 地域を定めず(赤石山脈) | シロチョウ科の高山蝶で、中部山岳地域に生息し、赤石山脈では中腹の沢沿いに分布する。 | |
ミヤマシロチョウ | 地域を定めず(赤石山脈) | シロチョウ科の高山蝶で、亜高山帯に生息し、伊那谷では赤石山脈の中腹に広く分布するが、絶滅が危ぶまれる。 | |
オオイチモンジ | 地域を定めず(赤石山脈) | タテハチョウ科の高山蝶で、本州中部と北海道に分布するが、本州では局所的で、赤石山脈にもわずかに記録がある。現在の生息状況は不明である。 | |
山本のハナノキ | 山本6771 | カエデ科、雌雄異株の日本固有種で、生存環境が限られる。本件は分布北限に位置する樹高23m、胸高周囲4.8mある大木である。 | |
長姫のエドヒガン |
追手町2丁目655-7 飯田市美術博物館 |
エドヒガンは他の桜より一足早く咲く。本件は樹高20m、胸高周囲5.4mで、幹が雄々しい。飯田藩家老安富家にちなんで「安富桜」ともよばれる。 | |
風越山のベニマンサクの自生地 |
上飯田6999、6998 |
マンサク科の日本固有種の自生地。標高600m~1400mに群生する。暖地性の植物で分布の東北限にあたる。 | 登り約2.5時間の登山です。 |
飯田城桜丸のイスノキ |
追手町2丁目678 長野県飯田合同庁舎 |
伊豆地方以南に自生するマンサク科の常緑高木で、暖地性だが旧飯田城桜丸に残されており、大変に珍しい。 | |
川路のネズミサシ | 川路4693 | ヒノキ科の針葉樹で、本件は樹高20m、胸高周囲3.5mの直立した樹形であり、この種では県内で随一の大木である。 | |
立石の雄スギ雌スギ | 立石502、立石659 | 地区の中央に約400m離れてそびえる杉の巨木で、胸高周囲は、雄スギ9.8m、雌スギ9.0m。樹高は雄スギ41.6m、雌スギ40.3mにのぼる。 | 雌杉は個人所有、所有者へ声をかけて下さい。 |
三石の甌穴群 | 下久堅知久平688-1、690 | 川底や川岸の岩盤にできた円形の穴で、往時の天竜川の河蝕作用とその後の地盤隆起等を示す地学上の貴重な資料である。 |
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遠山川の埋没林と埋没樹 | 南信濃小道木(遠山川河川区域) 他 | 奈良時代初期(710年代)に発生した土石流により遠山川が堰き止められ、水中・土砂中に埋もれた原生林とその倒木の包蔵地2区域と、採取された標本樹2本である。 |
歩道等整備未整備、増水時注意。梨元ていしゃ場等で標本樹見学可。 |