ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
ホーム > 地育力どっとネット > 平成30年度第1回「結いキャリアアップ体験講座」

平成30年度第1回「結いキャリアアップ体験講座」

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年8月17日更新

第1回キャリアアップ体験講座

 7月26日(木曜日) 飯田市内小中学校の先生方14名の参加をいただいて、「結いキャリアアップ体験講座」を実施しました。

 今年は、今まで続けてきた各中学校区をフィールドとした体験学習から一旦離れ、「私たちのふるさとを支えた交通」をテーマに、飯田下伊那地区全体を対象として、古代から近代に至る各時代の交通を窓口に、それぞれの時代の街道や水運の果たした役割と人々の暮らしについて学び、自校の「ふるさと学習」の学習資源とすることを目指しました。

講座のねらい

  1. 日々の教育活動の拠点である飯田市の自然、文化、地理・歴史、産業などについて、臨地研修や体験活動を通して、教師自身の知識理解を深め、新たな教育活動の創造に資する。またこの講座を通して、教師としてのキャリアアップを図るとともに、将来に向けて自身のキャリアデザインを描く。
  2. 小中学校でキャリア教育を推進するに当たって、教師自身が自ら体験活動をすることにより、これからのキャリア教育、ふるさと学習の展開に生かす。
  3. 飯田市の教育資源(自然、文化、地理、歴史、産業)に学び、成果を日々の教育活動に生かす。
  4. 参加した教職員同士で、学校間の「結い」をつくる。

1 講座の日程

○開講式(市教委)      9時~9時10分

○学習1 人々の生活を支えた陸路・水路     9時10分~11時10分

 講義1 南信州の街道と公益
 ~古代から現代に至る交通路~ 飯田市美術博物館 学芸係長 桜井弘人 

 講義2 天竜川の水運
 飯田市教育委員会 生涯学習・スポーツ課 文化財保護係長 下平博行

【昼食:各自でとる】

移動(バス)

○学習2 現地体験見学(水路)     12時40分~16時

 講話 天竜舟下りに掛ける思い~天竜川を産湯につかい~
 天竜舟下り株式会社 取締役社長 杉本 忠 氏   

 体験 「天竜舟下り」(弁天港~時又港)

 見学 鵞流峡見学・時又の街並み見学・遠州街道      

 ・竜丘古墳群・・・古代の繁栄

 ・開善寺・・・中近世

 ・川路駅・・・あばれ天竜(災害と治水)

○学習3 講話

 講話「人と情報の流れに劇的変容を引き起こす現代の路」
 株式会社丸中中根園代表 中根正佳 氏

○学習4 天龍峡見学                  

○学習5 現地見学(街道)      16時~16時45分

  移動 三遠南信道(天龍峡IC~飯田山本IC)

  見学 白隠石にて                

  ・旧石器時代・・・竹佐中原遺跡(飯田山本IC)

  ・古代・・・東山道(神坂峠~育良?)

  体験 伊那街道(三州街道)散策         

  ・旧山本村

○閉講式      17時10分~17時15分

2 講座の実際紹介

学習1 人々の生活を支えた陸路・水路        

午前中は、市役所にて講義を受けました。

講義1 南信州の街道と公益~古代から現代に至る交通路~

飯田市美術博物館 学芸係長 桜井弘人さんから、古代から現代に至る交通路を中心に私たちのふるさとについてお話を頂きました。

講師の桜井さん

○交通の十字路

 この地には、古東山道・令制東山道が通っているが、この路は、畿内勢力の東国進出や中央政権中央集権国家体制の形成を担った大事な路であることをお聞きしました。特に、この地で馬の生産が行われるようになると、畿内勢力にとって非常に有用な地として映るようになり、いっそう重要な役目を果たすようになったことをお聞きしました。
 以後中世・近世と時代を下っても、この地は、東西日本を結ぶ路と諏訪と伊勢・熊野を結ぶ路とが交差するまさに交通の十字路にあたっていたのだそうです。

○馬との関わり

 この地は、馬との関係が深く、古代軍事・輸送の手段としての馬の生産にはじまり、江戸時代は中馬として運輸に馬が大活躍し、「岡舟」と呼ばれた中馬によって海と山とがつながれ、馬の背で多くの物資が運ばれたことをお聞きしました。

○歴史は繰り返す

 中央道西宮線の開通は、「伊那谷の夜明け」と言われた。今、リニア中央新幹線・三遠南信自動車道の開通が迫っている。これらは、かつてこの地を東西南北に走っていたの古代の道路と同じ経路をたどる。まさに、歴史は繰り返すの様相を呈している。今後これらの路によって、私たちの地域や生活がどのように発展していくか期待したいと話されました。
 最後に、天竜川通船の映像や渋沢敬三が撮影したという中馬の16ミリフィルム再現映像を見せていただきました。昭和初期のこの地の様子を目の当たりにし、現在との違いに驚くとともに、映像記録保存の大切さも教えていただきました。                                   

【参加者感想】

  • 飯田古墳群から始まり、中馬や東山道など歴史的な書物に残されている飯田に関する記述が予想以上に沢山あることに驚きました。それらの記述からあらためて飯田と都とのつながり、都からみた飯田という場所の空間的な位置ではなく、歴史的位置や一つの重要な要所であったということを知ることができました。
  • この講義を聴かなかったら一生知らなかったと思うことがたくさんありました。ヤマト政権の昔から、飯田が重要な場所だったと知りました。小学生のころは近くに古墳があることに何の不思議も抱かず、庭のような感覚でいました。ときには石室の中に入って友達と涼むこともありました。歴史的背景を知った今、ただただ驚くばかりです。
講義2 天竜川の水運  

 続いて、飯田市教育委員会 生涯学習・スポーツ課 文化財保護係長の下平博行さんの講話「天竜川の水運」をお聞きしました。

  1. 天竜川は、天龍峡以南はその地形的特徴から渓谷を流れ下るという水運には不向きな面があったり、岡舟と呼ばれる「中馬」との競合もあったりしたが、江戸時代から昭和初期まで、通船やいかだによる木材輸送などが盛んに行われていた。
  2. 通船は、明治以降に外国人旅行家など外国人客が増加し日本人の著名人の川下りも増えた。明治天皇の葬儀参列に来日したコンノート殿下(英)の川下りで、天龍峡と流域の渓谷美が全国的に有名になった。
  3. 鉄道の開通などで通船は衰退していくが、天竜川にダムが建設されることで、廃止となった。反面、観光遊覧船が本格化し現在に至っている。

 時間の流れに沿って、天竜川が果たしてきた様々な役割をお話しいただきました。豊かな山の資源を命がけで送り出した荒々しい姿、外国人や著名人に愛された優雅な川下りの姿、そうしてダム建設による水運廃止の危機を逆手にとった観光遊覧の姿。天竜川と共に生きてきた私たちの先人の姿をも、思い描くことができた一時でした。

講師の下平さん                                          

【参加者感想】

  • 一つの川の歴史を、これだけ深くお聞きする機会が無く、それだけでもとてもおもしろい内容でした。川を利用して、運ばれていたものが、その時代の人々の営みに(参勤交代、鉄道、ダム建設等)関わりながらどんどんと変化していくこと、考えてみると当たり前のことと思うのですが、通してお聞きすることで、整理しながら学ぶことができました。また、天竜川が有名になったできごととして、「コンノート殿下」の川下りがきっかけであったということも、その時代の波に乗れるかどうかで、その後のその地域の観光産業にまで大きく影響することのすごさを感じながらお聞きすることができました。
  • 天竜川の水運については途切れ途切れの知識がありましたが、江戸時代から現在まで時間軸に沿って説明していただけたので、物資輸送手段から客船、遊覧船へ移っていった経緯がよく分かりました。
  • 天竜川で物流が始まり、鉄道やダムの影響で、観光に特化した水運になったという背景は、お話を聞くまで全く知りませんでした。色々な面から飯田を支えてきた天竜川だったことを実感しました。遠くに住む祖母も「飯田といえば、天竜舟下り」と言っていました。沢山の困難を乗り越えて、そのブランドを作り上げた人たちの姿を知ることができました。

【昼食・バス移動】 

 午前中の講義を終え、午後は現地見学体験をしました。まずは「天竜舟下り」体験ということで、弁天港に向かいました。「天竜川の舟下り」は、平成28年に飯田市民俗文化財に指定されていて、今回の体験講座でも期待の大きな体験となっています。松尾の天竜舟下り「弁天港」に到着し、はじめに社長の杉本さんからお話を伺いました。

学習2 現地体験見学(水路)              

講話 天竜舟下りに掛ける思い~天竜川を産湯につかい~
天竜舟下り株式会社 取締役社長 杉本 忠 氏 

  講師の杉本さん

 舟に関わる家に生まれ、子どもの頃から天竜川に馴染んで育った杉本社長さんから、天竜川や水運に関わる熱い思いをお聞きしました。と同時に、三六災害時のごうごうと濁流が流れる天竜川のこと、成人してからおぼれそうになった体験など、川の怖さも教えていただきました。川は怖いから気をつけてくださいとか、近寄らないようにとだけ言うのでなく、川のメカニズムを知って具体的に水難事故防止を教え、そのうえで川に親しむような指導をと、杉本社長さんはお話しされました。天竜川では近年、ラフティング等で、川に親しむ人が増えているそうです。都会の人だけでなく、地元の私たちこそもっと川に親しんで欲しいという杉本社長さんのお話でした。
 また、今年の冬に、「和船」作りの企画があると言うことでした。和船の板を繋ぐ「くぎ」はもちろん、制作に使う道具も、新潟の燕市の工場に特注とのことでした。大変なことですが、こうしたことが技術者の養成、伝統の継承につながる大切な機会なのだそうです。さらに、アメリカ人の船大工さんとの共同制作が計画されているということで、いっそう興味がわきました。造船は冬場になるということです。めったにない機会なので、ぜひ地元の小中高生に見て欲しいということでした。

船大工体験

体験 「天竜舟下り」(弁天港~時又港)      

 さあ、いよいよ「天竜舟下り」乗船体験です。ライフジャケットを着用しいよいよ乗船です。

乗船

 船頭さんによると、雨が少ないせいで川の水位が低いということでしたが、川を下る舟のスピードは速く、爽快でした。ちなみに、舟のスピードは川の流れよりも速くなければ操船はできないということでした。座ったまま、船縁から手を伸ばせば水に触れることもできました。川面から見上げる景色は普段とは全く違っていて、良く見知った場所も、全く違った場所に思え不思議な気持ちになりました。

 乗船中

 「天竜下ればしぶきにぬれる。」といいますが、これも船頭さんの腕の見せ所なのだそうです。船頭さんは操船ひとつで大きな水しぶきも立てられるし、「すーっ」と、こともなく通過させることもできるのだそうです。そこで、当日の乗船客の顔ぶれを見て、若く元気な人が多い場合やリクエストに応じて「ばっしゃーん」と大波しぶきのサービスをしてあげるのだそうです。当然ですが、私たちにも、大波しぶきのサービスをしてくださいました。

乗船中

                                          

【参加者感想】

  • 舟下り体験前の杉本社長さんの講話「天竜舟下りにかける思い」の中で、川の怖さをお話しくださった。川の流れについて基本的な知識を教えていただき、何も知らずに川遊びに興じていた若いころを思い出しながらお聞きすることができた。舟下りは、三度目の体験でしたが、豪快な天竜舟下りを楽しむことができた。水しぶきをしっかりと浴び、夏を実感することができた。地元に生まれ育ちながら、意外とこういう体験をした人は少ないかもしれないので、自然豊かな天竜舟下りを地元の知人たちに勧めていきたいと思った。
     
  • 下伊那にきたのだから、一度くらいは舟下りをしてみたい!と思っていたので、夢がかなってうれしかったです。連日の猛暑で水は少なくなっていましたが、その前の豪雨では水かさが大きく増えた、ということのなので、その差を近くで見ていた人々は不安を抱えていたのではないかと思いました。美しい景色の中に、丸い石や激しい水しぶきが見えて、「あばれ天竜」という名前そのものの激しさも少し見せてくれたように思います。
     
  • 天竜舟下りの会社の社長さんの体験や熱い思いをお聞きして、伝統的な飯田の産業文化を残す方の強い言葉だと感激しました。天竜下りは暑い中大変さわやかで,近くに勤めていながら知らないことをたくさん知ることができました。子ども達のふるさとなのでふるさと学習の一環として一度は体験させてあげられるように先生方にお伝えしたい。
     
  • 猛暑の中の舟下りであったが、お茶のサービスや日よけなど、心遣いがありがたかった。季節によって舟から見られる風景も様変わりするであろうから、機会があれば春や秋にも河畔の風景を楽しみたい。

移動見学

 時又港までの短い船旅を終えた後は、車中から、時又の街並みや遠州街道、竜丘古墳群、開善寺、川路駅を見ながら、天龍峡へと向かいました。途中、川路のココロファームビレッジに立ち寄り、中根正佳社長からお話を伺いました。

学習3 講話                       

 講話「人と情報の流れに劇的変容を引き起こす現代の路」
 株式会社丸中中根園代表 中根正佳 氏

講師の中根さん

 三六災害で水害の大きかった川路地区は、天竜川の両岸が盛土され、産業用地「天龍峡エコファクトリーパーク」に生まれ変わっている。この地で農家レストランや農産物の直売所を運営しているのが、ココロファームビレッジです。

 講座参加者は、ここで休憩を兼ねて美味しいソフトクリームを味わいながら、「リニアや三遠南信道の開通を控え、農産物の生産・加工・販売までを行う第六次産業の立ち上げで、この地に雇用の創出をしたい。」、「多くの人が飯田を訪れる一助としたい。」と、熱い思いを語る中根社長の言葉に耳を傾けました。中でも、「リニアや三遠南信道などの新しい交通路は、物流の流れを飛躍的に改善し、人や情報の流れも大きく変えることとなる。リニアが人を運んできてくれるとただ待っているだけでなく、飯田から都会へそして海外へと飛び出していく、行動半径を大きくすることで飯田を未来に開ける土地としたい。」と語る中根社長の言葉に参加者一同大きな刺激を頂きました。

【参加者感想】

  • 中根さんのお話はとても興味深くきかせていただきました。リニアや三遠南信ができることで、情報を早く得ることが可能になる時代になるという観点は目から鱗でした。地域の良さを十分に知った子どもたちが、将来積極的に飯田の外へ出て、飯田の魅力を発信していくことで飯田の活性化にもつながるのではないかと思いました。そのためにも、まずは自分のふるさと飯田の魅力を自信を持って語れる子どもたちを育てたいと思いました。
  • 中根さんのお話がよかった。「リニアが通ったら飯田はどう変わるか~10年後の飯田市」について中学生も興味を持ち、話を聞いたり調べたりしたいと考えている。人口やリニア駅周辺の商業施設や人の流れの変化には思いが及ぶが、こちらから発信する(出て行く)ことによる変化については考えていなかった。自分たちと違う視点からのお話でとても興味深かった。

学習4 天龍峡見学

 続いて、天龍峡へと向かいました。天龍峡では車を降りて散策。「姑射橋(こやきょう)」から「天龍峡温泉交流館ごゆっくり」まで、ゆっくり歩きました。

天竜峡

 姑射橋(こやきょう)のたもとでは、ちょっと見落としがちな「ポットホール」や岩肌に掘られた「歸鷹崖(きようがい)」の文字に、驚かされました。「川面付近で形成されるポットホールが、こんなに水面から上にある。どうして?」「あんな絶壁の岩肌に文字が掘ってある。どうやって掘ったんだろう?」次々と湧き上がる疑問は、まさに現地見学ならではのものでした。「子供たちの学びも、このように素直な疑問から、強い追究が始まり、分かったときの大きな納得・成就感につながっていくんだね。」とは、参加した先生方の言でした。

天竜峡                                    

【参加者感想】

  • 吊り橋や岩に掘られた漢字、ポットホールのでき方等、実際に目で見て知る感覚を大切にしたいと思いました。ポットホールのお話はまだ頭の中に残っています。自然の力を目の当たりにして、映像やお話を聞くだけでは得られない感動を覚えました。
  • 昨年の三遠南信交流会(生徒会)の引率で天竜峡を見る機会がありましたが、その時は雨が降っており、橋の上から川を覗いた程度で、すぐにバスに戻りました。今回、晴天の中じっくり見ることができ、さらに周辺にある数々の石碑について説明を受ける機会がありました。一番印象に残っているものは、「龍角峯」と「ポットホール」です。説明がなければ気付くことができず、どのようにできたものなのかも初めて知ることできました。数々の見所や爽やかな風の通るこの天竜峡を味わうことができ、観光客が絶えず訪れる理由が分かりました。

学習5 現地見学(街道)              

 天龍峡を後にしたバスは、三遠南信道無料区間(天龍峡IC~飯田山本IC)を使い山本ICへ向かいました。

○飯田山本IC駐車場下は、宝の山

 インター付近でバスを降りた参加者は、「この辺り一帯が旧石器時代から縄文時代・奈良時代の遺跡の密集地」と説明を受けました。
 やがて、畿内勢力が東国進出をはじめ、律令制が整ってくると、神坂峠を越えて東山道がこの地を通ることとなったが、その神坂峠も山本からはるか西方にかすんで見えました。昔の人々の健脚さに驚くばかりでした。

※竹佐中原遺跡
 平成13(2001)年7月21日、飯田南(山本)インターチェンジ予定地から発見された旧石器は、県内でも最古級の石器と考えられ、前期・中期旧石器時代にさかのぼりうる可能性が高く注目を集めました。この時期、前・中期旧石器遺跡ねつ造事件が社会問題となっていたため、全国的に取り上げられました。遺跡の損傷を防ぎ保存をするため、インター付近の関連駐車場下には遺跡が未発掘の状態に保存されているのだそうです。

○白隠石にて

 白隠は静岡県のお寺の和尚。飯山の正受老人の元で修行するなどしたが、今から260年くらい前に73才で川路の「開善寺」に来たさい、竹佐村(山本)の庄屋に頼まれて山本にやってきた。そのとき、直接石に文字を書いたと伝えられています。

 静岡県からこの地まで、どの路を歩いてこられたのだろう。川路から山本までは、どの路を来られたのだろう。山本から静岡まではどの路を帰られたのだろうかと、次々と疑問がわいてきた参加者でした。 

白隠石にて

○伊那街道(三州街道)散策

 体験講座の最後は、伊那街道(旧山本村通過部分)を実際に歩きました。伊那街道は、中仙道の塩尻と東海道の岡崎とを結ぶ路で、伊那地域から三河を目指す路ということで三州街道と呼ばれるのだそうです。現在の国道153号線にほぼ添ったルートで、江戸時代は日本を代表する「中馬街道」。当時飯田では「出馬千疋、入馬千疋」という賑わいを見せたそうですから、このあたりも多くの馬たちが背中に荷をつけて行き来したのでしょう。そんな昔の様子を想像しながらしばらく歩きました。

伊那街道                                           

【参加者感想】

  • 私は,平成12年から3年間,山本小学校に勤務していました。6年担任となった最後の年の総合的な学習の時間は,三遠南信自動車道の建設により,山本がどう変わるのかがテーマでした。かつて建設が計画され,途中で中止となった中津川線跡が残る山本。そんな中で,白隠石も場所が移されることを知り,在りし日の姿を写真に残しました。1つの道路ができることで,地域は大きく変わります。特にジャンクションができた山本は,前の姿を思い出せないほど変貌しました。
  • 道標から当時の街道の位置がわかる、目から鱗だった。どうしても現在の道がメインになりがちだが、本当は別の位置に当時の道があり、道標を追いかけることで当時の道が見えてくることを知った。
     
  • 白隠石は彫られた文字がダイナミックでご利益がありそうでした。道端の道標を見て、昔の人はこれを目印に歩いていたのかと思うと、同じものを見ているのが不思議でロマンがあるなあと思いました。

【参加者全体感想】

  • 生まれも育ちも下伊那ですが、身近な舟下りのことさえも知らずお恥ずかしい限りです。この研修を機会に前任校で学んだ松尾多勢子を思いながらモノクロの「道」を想起しました。現在は1学年担任ですが、総合的な学習の時間が子供達から問いが生まれ、調べたり聞いたりすることでいろいろな人と出会い、その人の生き方にまでも心を寄せられるような学びを目指して取り組んでいきたいと思います。
  • 「飯田は、昔から、中央との密接な関係があった」ということを何度もお聞きしながら、私がここに赴任したときに、なぜ飯田にはこんなにも歴史を感じる桜がたくさんあるのだろう、お寺がたくさんあるのだろう、歴史的な風土を感じるのだろうということが、少しばかりではありますが、考える材料をいただける機会にもなりました。内容はかなり濃く、座学も体験もバランスよく盛り込まれ、大変充実した時間となりました。
  • 去年から飯田で過ごすようになったけれど、歴史的にも文化的にも知らないことばかりで、とても勉強になりました。また、今も伝統を引き継ぐ人、これからの飯田を背負っていく人、さまざまな人の話を聞くことができ、地域のことを知ると同時に、自分自身もこれから何を伝えていけるのか、何をしていけるのかを考えなくてはならないことを改めて感じました。
  • 18歳で飯田を出てから20年弱、この地から離れていたが、改めて古来より人々が暮らしてきた土地であったこと、水陸両面で交通の要であったことがわかった。十数年後にはリニアも開通し、新たな交通の要として、再びこの地が注目を浴びることになる。改めて歴史的経緯を知ったことで、この先飯田下伊那地域が担っていくべき役割は何なのか、考える契機とすることができた。

【終わりに】

 路(水路・陸路)を学習のテーマとした今年の「キャリアアップ体験講座」。「天竜舟下り」を体験に入れたこともあり、14名の参加を頂きました。午前中が講義、午後実地体験という講座内容で、午後はやや日程が密でしたが、参加者の皆さんの積極的な姿勢で、充実した講座となりました。
 また、「生き生きと活動されている講師の皆様」との出会い、地域の歴史との出会い、参加された先生方同士の交流を通して、参加された教職員の皆様にとって、まさに地育力を生かしたふるさと学習になりました。
 この講座での学びにより、お一人お一人のキャリア発達と、子供たちへのキャリア教育が充実することを願っています。