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「風越山の名前の由来」 ~その1~

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年2月4日更新

風越山の風景画像

 2月1日から2日にかけての雪で、市内もすっかり雪景色となりました。風越山も雪化粧です。

 この時期に南信地方で見られるまとまった雪は「かみ雪」と呼ばれ、太平洋側を低気圧が通過する際に雪となる現象で、水分を多く含んだ雪が降ります。
 また、このときは南部の方が積雪が多くなりやすく、今回は全県雪のようでしたが、過去の例では、飯田市で真っ白になっていたのに、北に向かっていくと駒ヶ根市を越えると全く雪がない、ということも多々ありました。

 かみ雪の「かみ」は、その昔、京(京都)に近い方を「かみ」遠い方を「しも」と呼ばれたことから、「かみの方が多く降る雪」というところから来るという説、(かみ雪に対して冬型の気圧配置で北部に多く降る雪を「しも雪」と呼ぶそうです。)かみ(京)の方から雪が来るから、「紙」のように降るからなど、諸説あるようです。

 さて、風越山の名前の由来についてですが、山麓に住む方のお話しでは、「山頂の大くぼみのところを風が吹き越えるところから風越山(かざこしやま)と呼ばれるようになった」ということです。また、「風越の峰」(かざこしのみね)と辞書で引くと「〔歌枕〕風越山(かざこしやま)に同じ」とあります。風越または風越山の地名のついているところは、山頂と山頂の近くの大くぼみの上郷側の地積にあるそうです。

 風越山は校歌にも歌われていて、市内の丸山小、追手町小、鼎小、飯田東中、飯田西中、飯田高校、飯田工業高校の校歌の歌詞にありますが、それらはすべて「かざこし」と歌われています。

 このように、風越山は「かざこしやま」の呼び名で飯田市の象徴の山として、また、山頂近くには「白山妙理大権現」も祀られており、古来から信仰の対象として権現山、権現様とも呼ばれ、市民に親しまれてきました。

 さて、ではいつから「ふうえつざん」と呼ばれるようになったのか?そのあたりは又この次で。