ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
ホーム > 分類でさがす > 市政情報 > 市のプロフィール > 市長エッセー > 市長の部屋 > 市長エッセー(散歩道)その161~170

市長エッセー(散歩道)その161~170

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年3月1日更新

飯田市長・牧野光朗が日々感じたことを記していきます

161 音楽祭の10年を評価して策定された将来ビジョン(広報いいだ平成30年6月1日号より)

5月5日に行われた「オーケストラと友に音楽祭」(以下「オケ友」)の打上会は、10周年を迎えて指揮者・円光寺雅彦先生のオケ友への参加が今回最後ということもあり、大いに盛り上がりました。改めて実行委員会や名古屋フィルハーモニー交響楽団、アフィニス文化財団はじめ関係する皆さんの、これまでの10年間のひとかたならぬご尽力に敬意と感謝を申し上げます。

この打上会で大きな話題になったのは、同日付南信州新聞の2面見開き全面に掲載されたオケ友の「将来ビジョン策定への外部評価」と題された特集でした。この将来ビジョンでは、これまでのオケ友を振り返り、実行委員の皆さんの5回に及ぶ意見交換会による「内部評価」と、今年1月13日に開催された座談会による「外部評価」を経て、「クラシック音楽の花咲くまち・いいだ」を目指す姿としています。

座談会の内容はより多くの市民の皆さんと共有できれば、と思っていたので、今回、新聞紙面でその中身が網羅的に扱われたことは大変意義深いものと捉えています。打上会で隣だった円光寺先生からも「こうした議論が紙面で大きく扱われる音楽祭は他にない」と今後のオケ友に期待するコメントを頂きました。

162 相馬市の復興状況視察(広報いいだ平成30年7月1日号より)

5月27日に、福島県相馬市の立谷市長のご厚意により、相馬市の東日本大震災からの復興状況を視察させていただきました。

視察先で楽しそうにバイオリンの練習をする子どもたちの姿は、飯田のオケ友の音楽クリニックの様子と重なるものがありましたし、別の視察先で行われた何人かの高齢者の皆さんとの懇談は、「一日民生委員」として橋南地区の民生委員の皆さんと一緒に訪問したお宅での語らいを思い出させるものでした。

ただし、相馬市で子どもたちが音楽の練習をしていた場所は、防災倉庫の一室であり、部屋の壁には震災で殉職した10人の消防団員の遺影が飾られていました。また、高齢者の皆さんと懇談した場所は、震災後に高齢者を孤立化させないためにつくられた「井戸端長屋」と称される施設でした。

相馬市の復興の様子を視察して、改めてコミュニティがしっかり機能すれば大震災のような大きな困難をも乗り越えていけることを再認識したところです。

その後、立谷市長は6月6日の全国市長会総会で会長に就任され、私は会長推薦で地方創生担当副会長に再任されました。厳しい右肩下がりの時代を乗り越えて真の地方創生を実現するため、立谷会長はじめ市長会の皆さんと共に全力を尽くす所存です。

163 市長間ホットラインによる豪雨被災地への初動対応(広報いいだ平成30年8月1日号より)

7月の西日本を中心とした豪雨災害は200人を超える犠牲者を出す甚大なものになりました。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、数多くの被災された方々が一日も早く安寧な日常生活を取り戻せますよう祈念いたします。

当地域では、防災関係の皆さんのご尽力もあり、何とか人的被害を出さずに乗り越えることができましたが、それを安堵している間もなく、7日の昼過ぎに全国市長会会長の立谷相馬市長から「岡山県総社市の片岡市長から毛布7,000枚、倉敷市の伊東市長から飲食料一万人分の緊急要請があり、役員市長のネットワークでこれに対応してほしい」との連絡が入りました。避難者数が備蓄物の想定対象人数を大幅に上回り、かつ中国、四国といった圏域ブロックを超える広範囲で被災したことから、全国的な市長間のホットラインで備蓄物を融通し合うことが初動対応としては有効、と判断したものでした。

私の方から津、豊橋、浜松と言った東海ブロックの市長さん方中心に支援要請を行う一方、飯田市から総社市へは毛布2,000枚を、倉敷市へは保存水約1,000本・アルファ化米約3,000食他備蓄食料を、翌日早朝までにそれぞれ届けることができました。

164 市民交流が培った2都市の結びつき(広報いいだ平成30年9月1日号より)

飯田市が人形劇のまちづくりを進めて40年となる本年8月には、世界人形劇フェスティバルをはじめ「小さな世界都市」へ大きな一歩を踏み出す画期的な行事がいくつも開催されました。

特にシャルルヴィル・メジェール市のボリス・ラヴィニョン市長ご夫妻をお迎えし、飯田市との友好提携30年記念行事を開催できたことは、両市の結びつきを一層強めるものになりました。

一般的に海外の都市と長期の友好関係を保つことは容易なことではありませんが、市民レベルで共有できる人形劇があった両市の場合、その関係は行政間に留まることなく継続されました。こうした繋がりがあったからこそ、私がシャルルヴィル・メジェール市を訪問した際に、クローディンヌ・ルドゥ市長(当時)から人形劇のまちづくりを進める世界中の都市をネットワークしたいとの構想をお聞きすることができたのです。彼女の構想は7年前のAVIAMA(人形劇の友・友好都市国際協会)設立によって実現し、飯田市はその創立メンバーとなりました。

今回、アジア初のAVIAMA総会を当市で開催できたのも、両市の関係を市民レベルで長く継続してきたからこそであり、ご尽力いただいた全ての市民の皆さんに改めて敬意と感謝を申し上げます。

165 「日本最大・最強の政策集団」と位置付けられた全国市長会(広報いいだ平成30年10月1日号より)

8月25日の防災講演会では相馬市の立谷秀清市長をお招きし、「東日本大震災に学ぶ 今日までの復興と放射線対策等」と題した講演をしていただきました。当日は約200人の参加者が熱心に耳を傾けましたが、私自身、切羽詰まった現場で全責任を負って指揮を執ることがいかに大変か、改めて認識したところです。

こうした経験から、現場に根ざした政策立案を重視する立谷市長は、全国市長会会長就任挨拶において、同会を「日本最大・最強の政策集団」と位置付けています。

同会の最近の活動を見ても、正副会長就任後に首相官邸に挨拶に伺った際にも、国が進めようとしている「幼児教育・保育の無償化」の進め方に関し、実務を担当する基礎自治体に大きな負担が生じないよう強く申し入れたところですし、第32次地方制度調査会においては、将来の基礎自治体の在り方が提起された「自治体戦略2040研究会」の報告に関し、自治体の意見を聞きながら慎重に議論すべき、との発言が立谷会長からなされています。

かつては親睦団体の趣が色濃かった全国市長会でしたが、今や右肩下がりの時代に対応する政策集団として、その機能の発揮が強く期待されています。

166 地域づくりの仲間を悼む(広報いいだ平成30年11月1日号より)

9月24日、長年地域づくりの仲間として強い絆で結ばれてきた富山県滑川市の吉井清裕さんが亡くなりました。このところ闘病生活を余儀なくされ、ようやく仕事に復帰できそうになった矢先に自宅で倒れ、帰らぬ人となりました。享年59歳でした。

北陸電力勤務の吉井さんとは、私が日本開発銀行富山事務所に赴任していた平成6年に知り合いました。地域づくり論議で意気投合し、仲間を集めて地域づくりの研究を目的とした「富山政策研究サロン」を立ち上げ、毎月夜遅くまで議論を重ねたものです。

転勤族の私が富山を離れた後もこうした関係は続きました。村内全戸にパソコンを配布してネットワークで結ぶという、当時としてはかなり先駆的だった「山田村プロジェクト」のサポートにも手弁当で一緒に取り組みました。私のドイツ在住時には、日独地域経済交流の一環としてレーゲンスブルク市長訪日のお世話をお願いしたところ、北陸でのセミナー・交流会の企画を一手に引き受けてくれました。地域を愛し、地域を理解し、地域に貢献する。吉井さんはまさに地域人のお手本のような方でした。

北陸の地域づくりに不可欠な人材の急逝に、今はただただ残念至極としか言いようがない思いです。合掌。

167 「ラウンドアバウト+自動運転+仮想現実」の実証実験(広報いいだ平成30年12月1日号より)

今年のグッドデザイン賞に選ばれた飯田のラウンドアバウトで、11月3日の飯田丘のまちフェスティバル開催に併せて新たな実証実験が行われました。これは、地域活性化を目的に包括協定を締結したKDDI(株)と飯田市が協働し、自動運転と連動してVR(仮想現実)のアニメキャラクターがラウンドアバウトを回りながら街案内をするというもので、こうした組み合わせによる実証実験は全国でも初めてとのことです。改めてKDDI(株)はじめ今回の実証実験実現にご尽力いただいた関係者の皆さんに敬意と感謝を申し上げます。

この実験については、10月25日の「ラウンドアバウトサミット in 軽井沢」における当市の取り組み報告でもお知らせしましたが、その際に名古屋大学大学院中村英樹教授から「ラウンドアバウトは右折を苦手とする自動運転とは親和性が高く、こうした実験は理にかなったもの」との助言を頂きました。

社会実験の積み重ねにより東和町の交差点が全国で初めて信号機付き交差点からラウンドアバウトに生まれ変わって5年になりますが、飯田のラウンドアバウトは新たな社会実験を積み重ねていける場所として、これからも注目される手応えを感じたところです。

168 エス・バードの「共創の場」(広報いいだ平成31年1月1日号より)

これまで「産業振興と人材育成の拠点」として改修工事が進められてきた旧飯田工業高校施設の愛称が「エス・バード」に決まり、ここに公益財団法人南信州・飯田産業センターが全面移転して1月4日から業務を開始します。2027年開業予定のリニア駅に近く、周りは豊かな自然と歴史に育まれた里山という大変恵まれた立地にあるこの拠点には、今後多くの人材が集い、さまざまなイノベーションを創発することが期待されます。

ところでエス・バードのエス(S)は南信(South Shinshu)や信州(Shinshu)の頭文字とのことですが、私と同年代の皆さんはテレビ番組「サンダーバード(THUNDERBIRDS)」を連想されたのではないでしょうか(英語の頭文字は厳密にはTですが)。近未来、秘密基地から「1号」や「2号」の救助機を発進させ、世界の人々を事故や災害から救う特撮人形劇ですが、子どもの頃、この番組を見てワクワクし、救助機のプラモデルで遊んだことを思い出しました。

エス・バードにもさまざまな創造的活動を行えるよう「共創の場」を設置しています。ここが多くの皆さんの利活用により、リニア時代に向けてワクワクする拠点になることを祈念しています。

169 幼児教育・保育の無償化策で問われた国と地方の協議のあり方(広報いいだ平成31年2月1日号より)

これまで国と地方団体は、地方行政や国民生活に関する諸施策をさまざまな協議を重ねながら実施してきました。私が全国市長会の経済委員長を務めていた時に実現した、農地転用許可に係る市町村への権限移譲や森林整備推進に向けた林地台帳整備についても、その政策形成過程において国と地方の協議の場が有効に機能していました。

しかし、今年10月から実施予定の幼児教育・保育の無償化などの施策については、財源をどうするか、どのように実施するかなど基本的な部分において、昨秋まで国と地方で十分な協議が行われないままでした。そのため全国市長会は、極めて限られた期間内で現実的な妥協点を探らなければならない事態に陥りました。

その後、財源論については積極的な協議が集中的に行われ、何とか地方の主張をある程度踏まえた対策が示されましたが、幼児教育・保育の質の確保については今後の国と地方の協議の場に委ねられることになりました。

こうした状況を重くみた全国市長会は、これまで国と地方の間で築き上げてきた地方分権の趣旨に基づき、地方としっかり合意形成したうえで施策が遂行されるよう国に強く要望したところです。

170 「学輪IIDA全体会」ならではの発表風景(広報いいだ平成31年3月1日号より)

おかげさまで「学輪IIDA」のネットワークは年々広がりを見せており、昨年末現在で、55大学・研究機関に所属する122人の先生方にご参加いただいています。1月26日~27日に開催された毎年恒例の全体会においても、飯田に関係するさまざまなテーマで発表や討論が活発に行われました。

特に、「高大連携元年」とうたわれた今年度の「学輪IIDA全体会」ならではの発表風景が注目を集めました。オープニングは、飯田OIDE長姫高校原動機部の「Ene-1 GP SUZUKAの取り組みについて」の発表でしたが、自動車学校のコースを借用して試験走行を繰り返す中で、一から自作したエコカーの改良を積み重ね、専門知識を有する企業や大学のチームを相手に全国大会で優勝した報告に、会場中が大いに感動した様子でした。

また、今年初めて採用された「ポスターセッション」では、計17本もの報告が6グループに分かれて同時並行的に行われましたが、大声で発表する大学教授や外国の研究員に挟まれながら、精一杯の声を振り絞ってがんばる高校生の姿を見て、こうした経験は大学生でもまずできない一生ものでは、と思ったところです。