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市長エッセー(散歩道)その171~180

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年12月1日更新

飯田市長・牧野光朗が日々感じたことを記していきます

171 わくわくする農村起業家ビジネスプラン発表会(広報いいだ平成31年4月1日号より)

3月9日に「龍江地区農村起業家育成スクール」のビジネスプラン発表会が龍江公民館で開催されました。龍江、下久堅、千代、三穂の若手10人が農村起業家としてのビジネスプランを発表しましたが、どれも興味深く充実しており、「半端ないわくわく感」を覚えるものでした。

龍江地域づくり委員会によって開講されたこの育成スクールは、県の元気づくり支援金を活用して、飯田市出身で山梨県北杜市を拠点に活動するNPO法人「えがおつなげて」の曽根原久司代表理事を講師に招き、平成30年度8回にわたって指導をしてもらうものでした。経営コンサルタントの経験が豊富で「南信州は宝の山、農村資源を都市のニーズと結べば200億円産業が実現する!」と力説する曽根原代表理事によって鍛えられた中山間地の若手の皆さんは、自らの発想を事業立ち上げにつなげる力を確実につけてきたことを、この発表会で証明しました。

実は曽根原代表理事は私の中学・高校の同級生で、彼が昨年1月に龍江で講演した際に、私から「自分のふるさと飯田でもその手腕を発揮してほしい!」とお願いしたところ、それに応えるカタチでこのスクールを受け持ってくれたのです。誠に感謝に堪えません。

172 子育て世代が移住する地域を目指すシャルルヴィル・メジェール(広報いいだ令和元年5月1日号より)

8年近く市政の中核を担い、この3月末で副市長を退任した佐藤健さんに改めて感謝を申し上げます。佐藤さんには私の代理として欧州で開催されたAviama(人形劇の友・友好都市国際協会)の総会に何度か出席してもらいましたが、この総会で通訳をお願いしているヴァンソン藤井由実さんの新著書がこの度発行されました。『フランスではなぜ子育て世代が地方に移住するのか』(学芸出版社)です。

藤井さんはこの著書で、フランスの若い世代が「環境保全」と「連帯・助け合い」という価値観に基づき、新しい生き方を求めて地方に移住し、地方を元気にしていることを、いくつかの事例を挙げて説明しています。シャルルヴィル・メジェールも採り上げられていて、昨夏友好提携30周年を機に飯田を訪問されたラヴィニョン市長もそうした若い世代の一人であることを確認することができました。

飯田市はこの4月から「結いターン移住定住推進室」をC棟1階に設置し、市内各地区の「田舎へ還ろう戦略」と密接に連携して移住定住を推進する体制を整えました。シャルルヴィル・メジェール同様、子育て世代が移住する地域を目指していきたいと思います。

173 「令和」の始まり(広報いいだ令和元年6月1日号より)

思いがけず令和元年の公務は「即位後朝見の儀」への参列から始まりました。この儀式は、天皇陛下が皇后陛下と共に、即位後初めて首相、衆参両院議長、最高裁長官や閣僚、地方自治体の代表らとお会いになる国事行為です。全国市長会からは、立谷会長(相馬市長)ご夫妻および副会長の私と妻の4名が参列しました。

儀式は「正殿松の間」で行われ、正味10分ほどでした。厳かな雰囲気の中で「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たす」と誓われた天皇陛下のお言葉は、深く心に刻まれるものでした。

立谷会長ご夫妻は前日の「退位礼正殿の儀」にも参列されたので、事前に様子を聞くことができました。いささか驚いたのは、最前列以外の立ち位置は特に決まっていないらしく、位置取りは各自で行う、というものでした。こうした情報が入っていなかった前日の控えの間(「春秋の間」)では、案内があるまで広間のあちこちで談笑が続いていたとのことです。しかし私が経験した翌日の「春秋の間」は、明らかに出口付近に参列者が集中しており、案内がある頃にはさながら競歩のスタート地点にいるかのようでした。

174 2期目の協議が始まった高校改革(広報いいだ令和元年7月1日号より)

県教育委員会が進める高校改革実施方針を踏まえ、少子化により学校規模が縮小する中で当地域の今後の高校はどうあればいいのか協議するため、「南信州地域の高校の将来像を考える協議会」が発足しました。

6月5日に初会合がありましたが、高校や中学を代表する委員の皆さんからは、多部制・単位制の導入を求める意見が上がりました。これは、午前部、午後部、夜間部など、授業の時間帯の選択が可能で、一定の単位数を取得すれば卒業できる制度です。また、普通科のあり方が今のままでいいのか議論が必要では、との意見も出ましたが、これは文部科学省で進めている高校改革においてもテーマになっています。

県教育委員会の高校改革は、今回2期目の位置付けですが、1期目においては、広域連合を主軸に地域全体で大変重い議論が積み重ねられ、飯田工業高校と飯田長姫高校が統合し、平成25年に総合技術高校として飯田OIDE長姫高校が開校しました。その後、同校の地域人教育は地域との協働による高校改革の全国モデルに位置付けられ、旧飯田工業高校の施設は産業振興と人材育成の拠点「エス・バード」に生まれ変わりました。振り返ってみると、とても感慨深いものがあります。

175 民間公益活動のために目覚める休眠預金(広報いいだ令和元年8月1日号より)

休眠預金とは、銀行の口座などに10年以上取引をしないまま眠っている預金のことで、これを民間の公益活動に活用するため、「休眠預金等活用法」が平成30年1月1日に施行されました。

私が委員として当初から参画している休眠預金等活用審議会では、基本方針・基本計画の策定から活用団体の指定まで、休眠預金の活用を進めるための一連の手続きに係る審議を平成29年5月から2年にわたって積み重ねてきました。その結果、今年の1月には休眠預金の指定活用団体として(一財)日本民間公益活動連携機構(JANPIA)が内閣総理大臣により指定され、現在、同機構において実際に助成などを行う資金分配団体の選定が行われています。年内には体制が整い、来年には休眠預金を原資とする助成が始まる見込みですが、助成開始後の審議会の主な役割は、その実施状況を監視して内閣総理大臣に勧告することになります。

当地域の民間公益活動を支援する取り組みとしては、市の「ムトス飯田助成事業」と県の「地域発 元気づくり支援金」がありますが、休眠預金活用による助成が開始されることで、社会の諸課題解決につながる民間公益活動の幅がさらに広がることを期待するところです。

176 民間公益活動のために目覚める休眠預金(広報いいだ令和元年9月1日号より)

九州独自の発展戦略を研究するため九州地方知事会と九州・山口経済連合会が連携して平成15年に設立した「九州地域戦略会議」は他の地方では例を見ないものですが、このほど熊本市で開催された同会議のセミナーに招かれ、飯田の産業振興や地域人教育に関する事例発表をしてきました。

セミナーの前に熊本市役所に大西市長を訪ね、市長室で昼食を共にさせていただきました。大西市長は、3年前の熊本地震で大変なご苦労をされましたが、その経験を生かしてもらうべく、昨年より全国市長会防災対策特別委員長として活躍されています。

お土産として持参した竜丘のメンマを渡すと、私が説明する前に「これがあのメンマですか。テレビで見た時から『これだ!』と思って、一度話を聞きたいと思っていたんですよ。熊本市も竹やぶが多くて困っていますからね。」とのお話があり、いささか驚いたところです。

竜丘の鵞龍峡復活プロジェクトから生まれたメンマは、国産がほとんど市場に出回らない中で人気を博し、品切れ状態が続いていました。今年度の収穫分の販売が始まったのでPRも兼ねて持って行ったのですが、先方は全国マスコミを通じて既に注目してくれていたわけで、うれしい誤算になりました。

177 全国地域おこしの処方箋になり得る「飯田の宝」(広報いいだ令和元年10月1日号より)

8月24日に富山市山田地区(旧山田村)で開催された「全国地域おこし名人・達人サミット」で基調講演をしました。山田村といえば、私が日本開発銀行富山事務所に勤務していた頃(1990年代半ば)には、村内全世帯にパソコンを貸与してネットでつなぐという「電脳村プロジェクト」で全国に名をはせていました。

その住民の皆さんの今回のサミットに寄せる思いは、「平成の合併で山田村が富山市に編入されて以降、自分たちの地区の方向性をなかなか見出せない」というものでした。こうした悩みは、人口減少、少子化、高齢化が進む今の右肩下がり時代において、大都市への編入を経験した旧町村地区に共通するものではないかと思われます。

私は今回の講演に飯田市各地区の基本構想の冊子を持ち込み、「これらは自分たちの住む地区の将来を自ら考え、その実現に向けて自ら実践していくための処方箋であり、飯田の宝です」と紹介し、住民自らの手による地区の基本構想づくりを提言しました。この提言は、当日全国各地から集まった地域おこしに関わる皆さんの注目の的となり、改めて地域コミュニティの質(Quality of Community)の向上が全国的な課題であることを実感しました。

178 サイエンスパークの先進地スペイン・バスク地方に息づく地場産業(広報いいだ令和元年11月1日号より)

9月下旬、欧州に出張しました。シャルルヴィル・メジェール市における市民交流やAVIAMA総会などについては代田教育長が南信州新聞紙上で詳しくレポートしてくれたので、当欄ではスペイン・バスク地方の視察について触れることにします。

フランス入りする前に当地方を回り、昨年のAVIAMA飯田総会にご出席いただいたトローサ市のオラッツ・ペオン市長を表敬し、先進地として知られるビルバオ市のサイエンスパークなどを視察したのですが、私が最も驚いたのはトローサ市にあるエロセギ社のベレー帽工場でした。ここでは最新鋭の日本メーカーの編み機と共に、1858年創業時に設置した編み機が160年稼働し続け、今なお現役でした。「当社は古いものでも新しいものでも使えるものは全て使うのです」とのアスティガラガ役員の言葉に、軽工業であっても生き残ってきた同社のブランドビジネスの核心を見た思いでした。同時に、フランクフルト駐在時にお会いした高名な経済学者の宇沢弘文先生が当地を訪れた後、エロセギの赤いベレー帽を愛用されていたことを思い出しました。

179 万感の思いで歩いた「そらさんぽ天龍峡」(広報いいだ令和元年12月1日号より)

11月17日の三遠南信自動車道天龍峡IC~龍江IC間開通に先立ち、11月10日にプレイベントが開催され、大変多くの皆さんに天龍峡大橋の添架歩廊から紅葉の季節の名勝地の絶景を楽しんでもらいました。

「そらさんぽ天龍峡」と命名されたこの添架歩廊は、天龍峡再生マネージャーを務めた金谷俊樹さんが「もうひとつの天龍峡」と呼んだ名勝地の南半分を周回する遊歩道の一部を形成するものですが、その設置にはかなりの困難を伴いました。

その経緯は、「クルマが通過するだけの橋では名勝地の価値を大幅に損なうだけなので認められない」とする立場の文化庁と、「河川に架かる自動車専用道路の橋に添加歩廊を設置した例はない」とする国土交通省との間に立って、こうした歩廊を含めた遊歩道設置が名勝地の保護活用に資するとする内容を盛り込んだ「名勝天龍峡保存管理計画・整備計画」を飯田市として策定した平成24年3月にまで遡ります。天龍峡大橋の添架歩廊は、この計画に基づいて市道として設置されました。

語り切れない程の苦労があっただけに、「そらさんぽ天龍峡」で数多くの皆さんが笑顔で絶景を見入っている姿を前にして、万感の思いが湧き上がったところです。

180 重要性を増す大学院での「学び直し」(広報いいだ令和2年1月1日号より)

 年に1度、政策研究大学院大学に設置されている科目「自治体改革論」で講義を行なっていますが、この科目を選択している大学院生は、主に自治体から派遣されている30代の若手職員です。彼らは右肩下がりの時代にも対応し得る政策立案能力を身に付けるため、ここで「学び直し」をして修士の学位を取得し、再びそれぞれの自治体に戻って行きます。飯田市の職員にもこうした「学び直し」のチャンスはあり、一昨年度には当大学院に1名、今年度は和歌山大学大学院に1名派遣をしています。
 政府は今次の新たな経済対策の一環として、小中学校における一人一台PC配備を打ち出しました。Society5・0(超スマート社会)に対応できる人材育成を進めるため、小中学校におけるICT教育を加速させようとするものですが、私が委員を務める経済財政諮問会議のワーキンググループでも多くの課題が指摘されています。特にICT教育は、児童・生徒の学び方も大きく変わりますが、それ以上に教える側、すなわち、教職員の指導方法も変わります。そうしたICTを活用した指導方法を習得している教職員はまだまだ少ない状況で、私からは大学院での「学び直し」も含めてICT教育に携わる教える側の人材育成のあり方を抜本的に考えるべき、と提言したところです。