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市長エッセー(散歩道)その31~40

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年9月11日更新

飯田市長・牧野光朗が日々感じたことを記していきます

31 地元の熱い応援がもたらした若者定住 (広報いいだ平成19年7月1日号より)

 今年のツアー・オブ・ジャパン(TOJ)南信州ステージは、飯田市民になった福島兄弟の活躍で大いに盛り上がりました。
 この国内最高峰の自転車ロードレースが飯田で開催されるようになって3年目になりますが、昨年までの応援は、急しゅんな山岳コースを自転車で疾走する内外のトップクラスの選手たちに驚き、感動してとにかく声援を送ってきたように思います。
 しかし、南信州ステージに心動かされたのは私たちだけではありませんでした。TOJに参戦してきた福島兄弟は「地元の皆さんの熱い応援に感動し、ここに活動拠点を移すことにした」と、この2月に自らが率いる自転車チーム「ダイハツ・ボンシャンス」とともに飯田に移住してきたのです。
 自転車乗りの世界における飯田の注目度は、私たちの想像以上のものだったのです。
 こうしたことから、今年のTOJは新たに誕生した地元の選手を応援することでさらに熱くなったようです。
 レース後の福島兄弟は、多くの中学生からサイン攻めになりましたが、長時間の激戦後にもかかわらず快く応じていました。
 その光景をみて、子どもたちが憧れる「ヒーロー」が地元にいることの素晴らしさに感じ入った次第です。

32 まちづくり専門家が長期滞在する地域 (広報いいだ平成19年8月1日号より)

 6月から、2人のまちづくり専門家が飯田に長期滞在しております。
 お一人は地域再生マネージャーをお願いしている金谷俊樹さんで、当地に「長期出張」して天龍峡再生の取り組みを本格化させてくれています。
 昨年4月に当市と「パワーアップ協定」を締結した豊後高田市の永松市長はじめ関係者の皆さんのご理解に深く感謝するとともに「昭和の町」立ち上げ時のような「やらまいかの灯」が、天龍峡の地元の皆さんに野火のように広がっていくことを期待しています。
 一方、ドイツ・ウルム市からは、国際交流研修生として都市計画専門家のペーター・リンメレさんが来飯しました。
 12月までの約半年間、飯田に滞在して市役所の仕事を学びながら、当市の都市計画や環境政策についてさまざまな提言をしてもらう予定です。
 お二人とも当地をとても気に入ってくれており、地域の皆さんと交流を深める中で、持てる力を思い切り発揮してくれようとしております。
 都会に住みながら地方へ日帰りあるいは1泊程度で来られる専門家が多い中、このように長期滞在される方々の存在は大変貴重であり、だからこそ、そこに私たちの地域の可能性を見いだせると思うのです。

33  若者が情報発信する飯田の夏 (広報いいだ平成19年9月1日号より)

 4年制大学を有しない私たちの地域においては、学校が夏休みになるころが1年のうちで最も若い人たちの活動が活発になるように思います。
 ふるさとを離れていた若者が帰省するからだけではなく、人形劇フェスタをはじめ多くの飯田の夏のイベントに全国から若い人たちが集まったり、私たちの地域の研究調査をする大学生が訪れたりするからです。
 こうした人たちに「南信州・飯田に住もう」のメッセージを発信していただこうと、シンガーソングライターのタテタカコさんや自転車チーム「ダイハツボンシャンス飯田」など、さまざまな立場で地域の魅力を内外に発信している方々に「結いターン 語りスト」を委嘱させていただきました。
 この語りストの一人である近藤サトルさんは『OASISU』という地域情報冊子を発刊されています。高速バスの車内やコンビニなどで配布されていますが、山本の杵原校舎や追手町小学校などの歴史的建物にファッショナブルな若者を組み合わせた写真などを用いて、新鮮な感覚で私たちの地域を紹介してくれています。
 こうした語りストの皆さんの情報発信が一人でも多くの若者の結いターンに結びつけば、と願ってやみません。

34 歩きながら手入れができる「まちなか」 (広報いいだ平成19年10月1日号より)

 まちづくりを専門にしている旧知の大学の先生が、先日初めて飯田を訪れたとき「10万都市の規模で中心市街地がこれほどきれいとは」と驚かれていました。こうした声は観光客の方からも時々お聞きします。
 9月の第2日曜日には「モーニングウオーク」の後に、JRの「さわやかウオーキング」が丘の上で開催され、街歩きを存分に楽しむことができました。
 秋とは言え、まだ日差しが強い日でしたが、裏界線に入るとひんやりした風を感じることができました。九州・別府の路地裏散歩に参加していた時には「散歩をするようになってから路地裏がきれいになってきた」と聞きましたが、飯田の裏界線は街歩きが盛んになる前からきれいに手入れされていたように思います。
 それでも、あちこち歩き回っていると、落ちているゴミに目がとまることがあります。
そんなときは立ち止まってゴミを拾い、また歩き出すわけですが、自分がまちなかの手入れに少しだけ参加できた気分になります。
 拾いきれないほどゴミが落ちていたら、とてもこんなことはできません。飯田の「まちなか」の魅力は、歩きながら街の手入れができるところにもあるように思います。

 35 若者たちのネットワーク拠点「青少年ホーム」 (広報いいだ平成19年11月1日号より)

 去る10月6日に増田総務大臣が初めて来飯された折に、体験教育旅行の受け入れ先の一つである伊賀良の「楽珍房」で、かぶちゃん農園の鏑木社長、ダイハツ・ボンシャンス飯田の福島代表、そして金谷地域再生マネージャーが顔をそろえ、南信州の秋の味覚が並ぶ円卓を囲んで結いターン談義に花を咲かせました。
 お三方とも地縁、血縁がない当地にやって来て、それぞれの分野で飯田の情報発信に熱心に取り組んでいる話を、増田大臣も興味深く聞いておられました。
 こうした方々のご努力もあって若者定住は段々と進んできましたが、当地で暮らしたことのない若い人が、友人や相談相手、あるいは人生のパートナーを見つけるのはそう簡単ではないようです。
 松尾にある「勤労青少年ホーム」は、スポーツや趣味の活動を通じて、こうした課題の解決を目指しています。
 折しも大臣来飯の一週間後に開催された「ホーム祭」に参加しましたが、ゲームや音楽ライブなど盛りだくさんの内容で、若者のパワーに感銘しました。
 しかしこうした活動はまだまだ知られていないようで、青少年ホームでは、若者たちのネットワーク拠点にふさわしい愛称を目下検討しています。

36 うねりを起こす熱意を感じた三遠南信サミット (広報いいだ平成19年12月1日号より)

 11月14日に飯田市で三遠南信サミットが開催されました。本サミットは、年に一度、三遠南信地域の行政、議会、経済界、NPOなど住民の皆さんが一堂に会する貴重な機会になっていますが、とりわけ本年は「三遠南信地域連携ビジョン」が公表され、その全体方針が合意されたことから、大変意義深いものになりました。
 当日の全体会・分科会では連携ビジョンについてさまざまな議論がありましたが、三遠南信に寄せる思いには共通したものがあり、会場で感じた熱意は、全国初の試みとなる県境を越えた総合的な地域連携政策の推進という今後の大きなうねりを十分予感させるものでした。
 また懇親会のアトラクションでは、合唱劇「カネト」の感動の再演をしていただきましたが、飯田線全通に向けて天龍峡~門島(かどしま)間の難工事に挑んだアイヌの測量士カネト氏の不屈の思いは、時を越えて三遠南信自動車道全通を視野に入れた連携ビジョンに受け継がれたように思います。
 交流から協創へ。
 三遠南信サミットは15年の積み重ねを経て、遠方から来た友と楽しく語り合う段階から、ビジョンを共有し協働して地域づくりを進める段階に大きく踏み出しました。 

37 自転車がもたらす新たな「結い」 (広報いいだ平成20年1月1日号より)

 私がトップセールスで企業の方とお会いする場合は、大抵、これまでお付き合いのあった方や私たちの地域にご縁のある方になります。そのどちらでもない大企業のトップの方とご縁をつくるのは並大抵のことではありません。
 ところが、この秋に幕張メッセで開催された東京モーターショーの折に、ダイハツ工業の箕浦社長と親しくお話させていただく機会を得ました。
 これは、「ダイハツボンシャンス飯田」の鈴木雷太監督がアドバイザーとして開発に参画した、同社の自転車専用コンセプトカーが発表されたからでした。
 このクルマの側面には、自治体名としてはおそらく日本で初めて記されたと言われる「IIDA」の文字を見ることができます。この情報発信力がどれほどのものかは、私たちの想像を超えているように思われます。
 3年程前にツアー・オブ・ジャパンの誘致を決定した時には、欧州で定着している市民生活に根ざした自転車文化を少しでも飯田に採り入れることができれば、との思いでしたが、短期間でこれほどの広がりをみせるとは予想もできませんでした。
 自転車がもたらす新たな「結い」の成せるところを目の当たりにした思いです。 

38 臼杵から安城、そして南信州にリレーされた竹宵 (広報いいだ平成20年2月1日号より) 

 竹宵については前にも紹介させていただきましたが、先日の年越しには市内6カ所の神社で開催された「南信州除夜の竹宵」を見て回りました。
 当地の竹宵は、平成15年の大晦日に川路神社で始まり、年を重ねる毎に着実な広がりを見せていて、境内に並べられた数多くの竹ぼんぼりの光が醸し出す幽玄の趣は、南信州の新たな風物詩になってきています。
 この竹宵のルーツは、大分県臼杵市の「うすき竹宵」ですが、こちらはお姫様の御霊の里帰りを再現した催しです。11回目になる昨年は、11月3日から4日にかけて開催され、2万本の竹ぼんぼりが約10万人の観光客を魅了したそうです。
 この竹ぼんぼりのうち3千本が、愛知県安城市のデンパークに運ばれ、12月22日の冬至に開催された「100万人のキャンドルナイト」に供されました。
さらにその一部が当地域に運ばれ、今回の除夜の竹宵で使用されたのです。
 いつの間にか私たちの地域内外で竹宵の輪が広がっているのは、とても素晴らしいことですが、果たして次回の除夜の竹宵では開催地を全て回りきれるのか、思案に暮れるところです。

39 人口流出を食い止めるダム機能の検討 (広報いいだ平成20年3月1日号より)

 思いがけず、増田総務大臣の主催する「定住自立圏構想研究会」に参加することになりました。
 この研究会の目的は、人材の確保・育成や地域間交流、医療の確保などにより地域社会を再生するため、日常生活に必要な機能を備える圏域のあり方やその実現方策を検討し、地方圏の人口流出を食い止めるダム機能の確保を目指すものです。
 5月初め頃までに報告書をまとめ、提言内容は今年の「骨太の方針」に盛り込まれるようです。
 1月に行われた第1回の研究会は顔合わせ程度でしたが、増田大臣はじめ総務省幹部の皆さんが顔を揃え、定住自立圏構想への真剣な取り組み姿勢がうかがわれました。
 この時、私は次のようなコメントをしました。
 「ダム機能と言いましても、若い人たちの大半は高校を卒業すると一旦は地域外に出て行きます。彼らを再び地域に呼び戻し、安心して子育てをしてもらえるような人材のサイクル構築が最大の課題と考えております。」
 年頭所感でも触れましたが、この人材のサイクル構築の鍵を握るのは、多様な人材の誘導と考えております。
 その意味では、私たちの地域に結いターンされた皆さん方には「人口流出を食い止めるダム」の役割が期待されるところです。

40 「あるもの探しの物語」を語り伝える (広報いいだ平成20年4月1日号より)

 2月に公民館が主催する高校生講座の講師をしたときに痛感したのは、講座を受けようとするくらいの意識の高い若い皆さんでも、まだまだ自分たちの地域について、よく知らないと言うことでした。
 若い皆さんの郷土についてのほぼ共通した認識は「南信州、飯田は自然が豊かなところで好きではあるが、特に何がある訳でもない」ということのようです。
 こうした認識のまま、高校を卒業して郷土を離れてしまったらなかなか帰って来る気になれないでしょう。
 高校生講座のときもそうでしたが、私は、取材を受けたり、トップセールスで市の紹介をしたりするときにも、飯田の「あるもの探しの物語」について話をしています。
 まちなかの「りんご並木物語」や川本喜八郎人形美術館ができるまでの物語、桜守の物語、そして最近では「自転車の物語」も加わっています。
 私たちの地域には、あるもの探しをすれば魅力的に語れる地域の物語が、まだたくさんあると思いますし「天龍峡再生物語」のように、現在進行中のものもあります。
 若い人たちが地域を離れる前に、こうした「あるもの探しの物語」を語り伝えることが「地育力」の原点のように思われます。