ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
ホーム > 分類でさがす > くらしの情報 > 教育 > 生涯学習・講習 > 地域史講座を開催しました(20200822)
ホーム > 分類でさがす > イベント情報 > イベント情報 > 学級・講座・教室 > 地域史講座を開催しました(20200822)

地域史講座を開催しました(20200822)

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年10月7日更新

軍事郵便からたぐる戦争と川路

地域史講座20200822            地域史講座202008221

  • 日 時  2020年8月22日(土曜日) 午後2時~午後4時
  • 講 師  上河内 陽子(かみごうち ようこ)さん (歴史研究所市民研究員)       
  • 会 場  川路公民館 大会議室                   

講座の概要

  「今村正業氏軍事郵便」1014通(差出人は194人)は、2014年に故・今村正業(まさなり)さん宅の蔵から発見され、蔵の財

産管理者より川路まちづくり委員会に寄贈された。まちづくり委員会では、平和への願いをこめて2016年夏にこれらを遺族へ

返還したが、返還前に歴史研究所と共同で整理作業(目録作成など)や写真撮影を行った。1軒の家から日中戦争~太平洋

戦争期(1937年7月~1945年8月)の軍事郵便が1000通以上も見つかった点で、たいへん貴重な史料である。今回の講座で

は、この「今村正業氏軍事郵便」を中心として、アジア・太平洋戦争時代の地域と人々について検討された。 

  報告の前半では、2通の軍事郵便が取り上げられた。1通目は、1937年より中国へ出征し、翌年4月に川路村で最初の戦

死者となった牧内武雄さんが、戦死直前に今村正業さんへ送った手紙である。ここには、戦況や戦地の風景とともに、「先生」   

(今村正業さん)から村のニュースがたびたび届くことへの感謝、川路村出身の兵士と面会したことなどが綴られている。他の

手紙もあわせて考えると、今村正業さんと川路村出身の兵士との間で双方向の情報交換が行われていたことがうかがえる。

牧内武雄さんの戦死も、同郷の兵士から手紙で今村正業さんへ伝えられ、そして今村正業さんから戦地の兵士たちへ知らさ

れることで、その哀しみが共有されることになった。

  2通目は、1938年に職業軍人として中国へ出征した今村博治さんが、家族へ宛てた手紙である。文面には、中隊を指揮す

ることになった博治さんが父や兄に軍刀の送付を求めたり、飯田で購入された軍刀を受け取った直後には、その喜びが書き

記されている。これらからは、家族との深い結びつきが垣間みられるが、その彼も1944年に妻と娘を遺して南方戦線で戦死し

た。

  後半では、(1)戦争末期と特攻隊、(2)中国の民衆との関係性、という2つの視点から軍事郵便が紹介された。(1)で取り

上げられたのは、1945年6月に知覧から出撃し、南西諸島で特攻死した関島進さんである。彼の戦死の報をうけて、死を悼み

つつも、「酒屋の進君も特攻隊とは大したものであります」といった勇ましい手紙が、戦地の兵士などから今村正業さんへ届け

られており、軍国思想が極められた当時の世情がうかがえる。

  また(2)に関しては、検閲のため戦場の生々しい姿は語られないものの、敵兵や住民へ危害を加える様子、一方で住民の

暮らしに同情する様子、さらには慰安所のこと、戦地の農民の姿、子供たちとの交流などが綴られており、戦地の兵士は「命

のとりっこ」を強要される中で、平常と異常を激しく行き来していたように思われる。

  個々の手紙(軍事郵便)の内容は断片的である。しかし、報告者の上河内氏は1014通を丹念に読み込み、また旧村役場

文書など周辺の史料も用いて手紙の背景を探り、さらには遺族からの聞き取りにも取り組んで、兵士ひとりひとりの全体像に

迫ろうとした。これにより、兵士それぞれの生きた姿の中に軍事郵便を位置づけることが可能となったといえ、それが参加者

の深い共感を呼ぶことになった。

 

お問い合わせ 

 飯田市歴史研究所
 電話 0265‐53‐4670
 Fax  0265-21-1173

 関連リンク