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今田人形の歴史

ページID:0134850 更新日:2013年11月18日更新 印刷ページ表示

今田人形が始まったのは、江戸時代中頃の1704年(宝永元年)のことです。
黒田人形は1688~1703年(元禄年間)を始とする伝承がありますが、起源の実年代が明らかな人形座としては、今田人形が伊那谷で最も古いといってよいでしょう。
2023年(令和5年)に320年目を迎えました。この間に盛衰はありましたが、人形に熱中した人びとによってずっと支えられてきたのです。

西暦 年号 出来事
1704年 宝永元年

 

今田人形はじまる。村中で金を出し合って、氏神様の例祭を賑やかにするため野池(現飯田市千代)から人形道具一式、京都から人形13体を買い求め、操りの奉納を始める。人形操りがまだ一人遣いの時代、大坂の竹本座で近松門左衛門の『曽根崎心中』が大評判になった翌年のことだった。

1734年 享保19年 この頃から三人遣いとなる。
1826年 文政9年 氏神様のお祭りに操りの振付や三味線弾き、人形細工師などを外部から呼んで人形操を奉納した。
1839年 天保10年 この頃、3月15日八幡大神宮、7月27日諏訪大明神、8月15日伊勢大神宮といった氏神様定例のお祭りに今田村中で一日中人形操りを楽しんでいた。この頃は外部から指導者など呼んでいないと役所へ届け出ている。
1844年 天保15年

 この頃は頼まれて他村へ出張興行し大好評を博した。

1877年 明治20年  この頃まで盛んに他村へ出張興行に出る。
1888年 明治21年 3月15日と8月15日の氏神様例祭に人形操りを奉納していたが、この年、人形のかしら57個をはじめ衣装、小道具など一式を他村から買い求め、新たに一座を結成した。
1891年 明治24年 阿波の人形遣い吉田三十が来村し指導する。
1897年 明治30年 大宮八幡社拝殿改築の際、人形舞台を取り壊す。
1916年 大正5年 阿波の天狗屋久吉に依頼して古かしら60個を塗り変える。
1944年 昭和19年 第二次世界大戦などのため古老4人(太夫1人、操り3人)のみとなる。
1950年 昭和25年 古老4人で持ちこたえた伝統を受け継いだ座員たちが、村の芸能祭や出張興行にでる。
1952年 昭和27年 今田人形を公民館人形部として再建をはかる。この年の10月から大宮八幡社例祭の人形奉納が記録される。(翌28年から春4月、秋10月)
1955年 昭和30年 9月 今田、黒田、早稲田人形で「伊那人形保存協議会」結成。
1956年 昭和31年 第1回「伊那人形保存協議会合同発表会」開催。10月、新しい試みとして『夕鶴』を初演。若者が加入する。
1967年 昭和42年 11月 大宮八幡宮昇格記念公演を盛大に催す。
1973年 昭和48年 この頃から氏神例祭への操奉納は10月の秋季例祭のみになる。
1975年 昭和50年 12月 文化庁から伊那の人形芝居(今田、黒田、早稲田)の1つとして今田人形保存会も「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」として選択される。
1976年 昭和51年 今田人形保存会発足。
1978年 昭和53年  竜峡中学校に「今田人形クラブ」発足、今田人形座が指導する。(2000年に「竜峡中学校今田人形座」へ改名)
1979年 昭和54年 この年から保存会活動として寄付、補助金を集める。26個のかしらの修理、化粧直しを徳島の大江巳之助氏に依頼する。衣装も新調し、10月の秋季例祭で披露する。
1980年 昭和55年 この年から淡路人形座から師匠を呼んで研修会を始める。10月15日の秋季例祭で化粧直しの済んだかしらを披露する。
1982年 昭和57年 人形劇カーニバル飯田に民間として初めて協賛。飯田市郷土美術館(天竜下り弁天港)で「伊那谷操り人形かしら展」を開催。
今田、黒田、早稲田の三座が上演し、人形劇人を招待する。
1983年 昭和58年

 公民館から離れ「今田人形座」となる。
8月6日人形劇カーニバル飯田・オープニングセレモニーで今田人形座初の新作『小太郎物語』を初演。こどもたちにも分かりやすい作品で、「人形劇カーニバル飯田」「今田人形」への関心が高まる。
11月 地元の龍江小学校からの依頼を受けて「ゆとりの時間」に『小太郎物語』を上演。はじめて今田人形に触れた小学生に大きな感動をもたらした。後日飯田市内の小学校を巡回、市内の小学生と出会いの場を持った。
竜峡中学校文化祭で今田人形、合唱、演劇、美術、製作の5クラブ総勢100人で『小太郎物語』を上演。参観の母親の涙を誘った。
11月『伊那人形芝居4座合同発表会』開催。初の4座競演。以後毎年開催。

1984年 昭和59年 今田、黒田、早稲田、古田の人形4座による「伊那人形芝居保存協議会」が発足。この年から師匠を招聘して4座合同の義太夫、三味線、のちに操の研修会が毎年行われる。この年、今田人形の上演は例年数回であったものが一挙に二十数回に及んだ。以後年間二十回前後から三十回に及ぶ上演回数を記録する。
1985年 昭和61年 第1回ムトス飯田賞を受賞。
1988年 昭和63年  8月6日人形劇カーニバル飯田「世界人形劇フェスティバル」に参加。柿落としの済んだ満席の飯田人形劇場で和ろうそくのみを照明にした「江戸の灯りでみる芝居」『伊達娘恋緋鹿子 お七火の見櫓の段』『傾城阿波の鳴門 順礼歌の段』を上演。国際色豊かな観客から大きな反響があった。
1990年 平成2年 飯田市無形文化財に指定される。
1991年 平成3年  6月 下諏訪文化センターで人間国宝竹本住太夫、鶴沢燕三と『壺坂霊験記』を共演。9月フランスのシャルルビル・メジェール市の招待で世界人形劇フェスティバルに座員全員(ジュニアを含めた20人)が参加。2回の上演はどちらも観客600人を超えた。各国のプロ人形劇団員や市民の感動を呼び、大きな成功を収めた。
1992年 平成4年 今田人形保存会再発足
1994年 平成6年 3月 大阪文楽劇場にて「ふるさとの人形芝居『菅原伝授手習鑑』」上演。
4月  今田人形の館竣工。龍江出身の鶴沢清志郎(沢柳春彦)文楽技芸員・三味線弾きとなる。
10月 『伽羅先代萩』10年ぶりに上演。
1998年 平成10年 2月 長野冬季オリンピック IOC総会開会式上演
2003年 平成15年  今田人形発祥300年の年。9月に記念式典・事業を行う。
昭和29年以来となる「東海道中膝栗毛」を上演。境内はお客さんの笑いと拍手であふれた。
「三穂小学校人形クラブ」発足。のちの2006年、公民館主体の「伊豆木人形クラブ」として再出発(今田人形座員指導)。
2004年 平成16年  7月に台湾雲林県にて海外公演。「2004雲林国際偶戯節」に座員12名が参加し、『寿式三番叟』『傾城阿波鳴門』上演。
今田人形発祥300年記念書籍「今田人形」発刊。
2005年 平成17年

2月2日~13日 アメリカ・マサチューセッツ大学他で人形のデモンストレーション(寺谷・木下)。
6月 人形研修でアメリカの学生を受け入れる(以後2016年まで継続)。

2006年 平成18年 龍江小学校人形クラブ発足(今田人形座員指導)。
2007年 平成19年

2月 台湾へ海外公演。「飯田市台湾チャレンジ」で『寿式三番叟』『傾城阿波鳴門』上演。
8月 竜峡中学校今田人形座が韓国公演。「春川人形劇フェスティバル」参加。
9月 アメリカ シカゴ・ミズーリ大学で講座。
11月 「国民文化祭とくしま」阿波十郎兵屋敷で上演。

2008年 平成20年

4月 今田人形の館展示室新築
8月 世界人形劇フェスティバル・メインセレモニーにて25年ぶり「小太郎物語」上演。
10月 新外題「戎舞」披露。
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2009年 平成21年

10月 アメリカ横断公演(オレゴン・コロラド・ミズーリ・プリンストン・マサチューセッツ各大学。座員4人と研修で受け入れたアメリカ大学生・先生)。日本ウニマ総会に招待されて公演。

2010年 平成22年 7月 カナダトロントへ海外公演(座員6人と研修で受け入れたアメリカ大学生5人・先生)。
2012年 平成24年

龍江出身の吉田簑之(木下愼之輔)文楽座技芸員・人形遣いとなる。
中川村「中川人形保存会発足」(今田人形座員指導)。

2013年 平成25年 8月 「東アジア三大人形劇フェスティバル」で太夫金井美昇(金井はま)さんが100歳で最後の舞台をつとめる。『傾城阿波鳴門 順礼歌の段』。
飯田市公民館は観客であふれた。
2014年 平成26年 龍江地区の飯田市合併50周年記念式典で『戎舞』上演。
2015年 平成27年

今田渋谷6月 中川村「中川西小学校人形クラブ」発足(今田人形座員指導)。
12月「第一回南信州伝統芸能今田人形浄瑠璃展in渋谷」。東京渋谷道玄坂のギャラリーで展示とミニ講演。以後5年間開催。

2016年 平成28年 11月 竜峡中学校・飯田女子高等学校で文楽が公演。龍江出身の鶴澤清志郎・吉田簑之にとって初の凱旋公演となった。
2017年 平成29年 11月 下條歌舞伎と合同公演『菅原伝授手習鑑 寺子屋の段』。下條コスモホールで歌舞伎と人形浄瑠璃が初共演。大勢の観客が訪れた。
2019年 令和元年

今田人形ゆきをんな6月 『ゆきをんな』初演。いいだ人形劇センター×今田人形の共同制作。

2020年 令和2年

4月 新型コロナウィルス感染症で緊急事態宣言発令 活動ほぼなし。
10月 大宮八幡宮秋季例祭『二人三番叟』のみ奉納(本祭り公演復活は2023年)。

2022年 令和4年 3月 浜松市「三遠南信伝統民俗芸能公演」に参加。
2024年 令和6年 竜峡中学校今田人形座が学校方針・生徒減少により活動中止。
2025年 令和7年 1月 「南信州民俗芸能フェスティバル 信州の三番叟~祝福と祈りの芸能」で『二人三番叟』を上演。
2026年 令和8年 2月 国選択無形民俗文化財50周年記念事業を実施。