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伊豆木人形クラブについて
伊豆木人形のはじまり
慶長5年(1600年)、小笠原氏が徳川家康によって旗本に取り立てられ、三代目から六代目は人形浄瑠璃を楽しんだ。
小笠原家で上演された記録で古いものは享保9年(1724年)とある。
また、七代目、八代目は、自ら刀でかしらを掘っていたとも伝えられている。
十代目は、弘化3年(1846年)健全な娯楽として、農民に人形と小道具を貸し与えていた。
安政2年(1855年)の目録によると保有する人形道具26項目のうち、人形かしらは8項目のみ。
人形を維持するため伊豆木内の72人が、明治には上分の45人もお金や米を出し合い、かしらや衣裳を直しながら上演を続けた。
しかし、大正5年(1916年)御大典記念の上演を最後に途絶えたといわれている。
その後、人形、衣裳、小道具等は高齢者クラブが管理、保管場所も天満宮舞台から旧小笠原家書院へ移動し、土用の虫干しを毎年かかさず行った。
現在は旧小笠原家書院に大切に保管・展示されている。
伊豆木人形クラブの発足・歩み
平成15年(2003年)竜峡中学校で今田人形クラブの顧問をしていた先生が三穂小学校に異動となり、伊豆木にも以前人形浄瑠璃があったことから三穂小学校に人形クラブを発足する。指導は今田人形座・木下文子さんにお願いする。
平成18年(2006年)旧小笠原家書院の管理が三穂自治会に任されることになり、「書院を核とした地域活性化計画」の一つとして、書院で『三番叟』を上演する。
平成19年(2007年)三穂公民館主体で伊豆木人形クラブが発足。クラブ員はほぼ小学校の人形クラブメンバーで、一時両立していたが、のちに伊豆木人形クラブに一本化される。
伊豆木人形クラブは発足して間もなく、終戦直後に三穂小学校の教師として伊豆木に在住されていた先生の遺族から「何か三穂の役に立ててほしい」と三穂まちづくり委員会に寄付の打診があった。
協議の結果、復活した伊豆木人形クラブで活用させていただくことにし、人形4体、衣装、その他小道具、大道具を購入して本格的なクラブ活動が始まった。
クラブの練習は、小中学校の授業が早く終わる水曜日の午後4時からに設定し、木下文子さんに指導をお願いした。
令和4年(2022年)クラブ員の減少に伴い、活動を休止。
令和5年(2023年)公民館の呼びかけにより活動が復活。
上演したイベント
平成23年(2011)8月 「いいだ人形劇フェスタ」オープニングセレモニーで「三番叟」を上演
平成27年(2015)5月 東京で開催された「信州いいだふるさと会連合会総会」にて、500人以上の観客の前で「三番叟」と「傾城阿波鳴門」を上演
平成29年(2017)2月 「飯田市公民館大会」の「地域文化」分科会にて久保田後援会長が「伊豆木人形クラブ」の現状と課題について発表
同年10月 いいだ人形劇フェスタ実行委員会からの要請で、クラブ設立10周年を記念して台湾の「雲林国際人形フェスティバル」にて上演
平成30年(2018)年2月 「飯田市公民館大会」の飯田人形劇フェスタ40周年記念大会で、オープニングアトラクションとして「三番叟」を上演
現在の伊豆木人形クラブの活動
指導は今田人形座の木下文子さん、木下雪比古さん。
『傾城阿波鳴門』上演時の太夫と三味線は今田人形座座員に依頼する。
令和8年(2026年)現在、クラブ員は小学生4人、中学生1人、社会人6人(4人は経験者、2人は保護者)。
練習時間は隔週水曜日(19時00分~20時30分)
上演外題・・・『三番叟』・『傾城阿波鳴門 順礼歌の段』
定期的な上演
1月 三穂地区二十歳の集い
2月 三穂地区文化祭
8月 いいだ人形劇フェスタ
その他 随時依頼のあったときに上演

