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飯田文化会館情報誌 toi toi toi!第1号「文化的土壌を創り出し、互いが響き合う 伊那谷文化芸術祭」
飯田文化会館情報誌 toi toi toi! イベントレポート
第1号は「伊那谷文化芸術祭」を紹介します。

伊那谷文化芸術祭のあゆみ
伊那谷文化芸術祭は、飯田下伊那地域で活動している楽器演奏や合唱、人形劇など舞台芸術に関わるアマチュア団体が、日頃の活動の成果を披露し、鑑賞する芸術祭です。
運営を統括するのは飯田文化協会と市民の文化活動を支える飯田文化会館。そこに出演者自らも運営に積極的に関わりつくり手となることで、人々の心のつながりや、お互いを理解し尊重しあう場を創り、新たな文化的土壌を創りだす場を目指しています。
芸術祭の始まりは昭和38年、飯田青年会議所の提唱で「市民音楽祭」を歳末助け合いチャリティー事業として開催したのがきっかけでした。
音楽発表の場として長年催されてきた音楽祭は、飯田市制50周年記念の年となる昭和62年からは、人形劇や舞台などあらゆる文化芸術の発表の場として拡充。名称も現在の「伊那谷文化芸術祭」に改めました。
令和4年には36回目を迎え、ジャンルや団体・個人、世代の垣根を越えてつながり、互いに高めあいながら成長していく場となっています。

文化芸術祭の特徴
伊那谷文化芸術祭は、その運営方法が特徴的で「飯田方式」とも呼ばれています。
1.運営に自らも積極的に関わる出演団体と出演者
2.自らも出演者でありながら、運営を統括する飯田文化協会とその役員
3.担い手である市民が活き活きと活動する状況をつくることに専念し、共に事業を行っていく飯田文化会館
この3者が、互いに緊張感を持ちながら、共に進める協働の理念をもって伊那谷文化芸術祭は運営されています。
そして、この文化芸術祭を盛り上げるたくさんの観客、これらの人々、組織によって伊那谷文化芸術祭は創られています。

3年ぶりの開催に喜びの声
令和2年、令和3年と新型コロナウイルスの影響で開催が見送られた中、令和4年は3年ぶりに第36回目を開催。
11月6日、13日、20日、27日の4日間、46団体が発表の舞台に立ちました。
久々に舞台に立った出演者の感想は「ホールのステージでの発表は、普段の練習とは雰囲気も音の響きも全然違い緊張しました。
今回こうして仲間と一緒に発表できたことがうれしくて、聞きにきてくれる方や主催者の皆さんに感謝の気持ちを込めて演奏できました」(飯田女子高等学校邦楽クラブ)。
「平均年齢82歳、最高齢は99歳でやっています。普段は月2回、芸術祭前は月4回に増やして活動してきましたが、実は私たちは出席率はとても高いんです。メンバーに会うことが楽しみになっています」(飯田シルバーコーラス かざこし)。
「地元にゆかりのある人の神楽の発表を通じて、地域の歴史・伝統を伝えていくことの大切さを改めて感じました。神楽は1人でやるものではなくみんなでやるものなので、メンバーで協力してできたことが一番うれしかったです」(浪合小学校5学年)。
「コロナ禍で発表の場が減ったため、今回こうして出演できたことがとてもうれしかったです。ステージからはお客さんがよくみえて緊張しましたが、演奏しているうちに気分がすごく盛り上がりました」(和太鼓クラブ ウッホッホ)など、3年ぶりの開催に会場は喜びの声で溢れていました。

好きなことを楽しむ時間が芸術・文化につながる
伊那谷文化芸術祭 ダンス舞踊・舞台の部 部会長
森本典子さん

森本さんが伊那谷文化芸術祭に初めて参加したのは第3回目(平成元年)、JAZZダンスチーム「ダンシングナッツ」での出演。
当時、舞踊・舞台の部は日本舞踊や太極拳が中心で、ダンスとしては初めての出場でした。
照明や音響による演出が欠かせないダンス部門の参画に、当時の照明担当の職員は、とても喜んでくれたそうです。
文化芸術祭の魅力について森本さんは「単独ではなく合同の発表会なので、発表も鑑賞も、受付や舞台裏もやって、みんなで力を合わせてつくるところ。出させていただく場所ではなく、出る場所なんです。そこが楽しいし、一番大事にしたい」と話します。
最近「自分たちは、ただ好きで踊っているだけ」というダンス仲間の言葉にハッとし、好きなことを楽しむことこそが芸術文化につながるのだということを改めて感じたそうです。
活動を楽しんでいる人たちが、地元でできる喜びをこの芸術祭を通じて感じ、それがこれから先もつながっていってほしい、そんな願いを胸に日々汗を流されています。

