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飯田文化会館情報誌 toi toi toi!第3号 江戸時代から続く伝統の「大鹿歌舞伎」とそれを支え続けた祖父の生き様に憧れて

ページID:1362222 更新日:2026年3月31日更新 印刷ページ表示

飯田文化会館情報誌 toi toi toi! さまざまな視点から見た飯田の文化を紹介するコーナー「A! IDA わたしの視点」。
今回はダンサー・俳優の石川かおりさんです。
大鹿村に300年以上前から伝わる「大鹿歌舞伎」は、村人が役者から裏方までを担う地芝居。その舞台で長年太夫を務め、舞台を支え続けてきた祖父の姿に憧れて移住してきた石川さん。
南信州での暮らしや文化、未来への思いなどを聞きました。

大鹿歌舞伎

 

 

 

 

 

ダンスを始めたきっかけは?

こどもの頃、NHK教育テレビジョン(当時)の「うたっておどろんぱ!」という番組を見て「ダンスってかっこいい」と思ったのがきっかけです。
中学では新体操に取り組み、ダンスの強豪校として知られる高校へ進学してダンスを始めました。

 

ダンサーとしてプロになると決めたのはいつですか?

明確にいつ、というのはなくて…。実は、高校3年生の全国大会の頃から自分に限界を感じて体も心も病んでしまい、ダンスから離れてアルバイト生活を送っていました。
数年が経ち、改めて「自分は何をしたいんだろう」と考えていたときに「うたっておどろんぱ!」に出ていたダンサーの方がワークショップを開くと知り、試しに参加してみたら自分でも驚くぐらい踊れたんです。それを機に、もっと自由に踊ろうと決意しました。その後、上京して「うたっておどろんぱ!」の振付監修をしていた香瑠鼓(かおるこ)さんのアシスタントとして働き始めたのが23歳の時です。

 

どんな仕事に携わってきましたか?

コマーシャルやミュージックビデオ、イベントなどにダンサーや振付師として関わることが多かったですね。
芸能人との共演もあるなど華やかな世界でしたが、それだけでは食べていけず、アルバイトもしながらの体力勝負でした。
7年ほど働き、コロナ禍直前までNHK総合テレビジョンの「うたコン」で氷川きよしさんのバックダンサーをしたり、こどもの衣装を担当したりしていました。

石川かおりさん

 

移住を決意したのはなぜですか?

上京する前から「ゆくゆくはじいちゃんが立っていた大鹿歌舞伎の舞台に立ちたい!」と考えていたからです。
直接の引き金はコロナでしたが、南信州で暮らすなら仕事が必要だと思い、働きながら保育士の資格試験を受けるなど数年前から準備していました。

 

そこまで大鹿歌舞伎に引かれた理由は?

舞台に立つじいちゃんの姿を見て素直に「かっこいい」と思ったんです。また、じいちゃんも含めて地域の人たちが、伝統を守らなければと気負うのではなく舞台に立ち、表現することを心から楽しんでいる姿もいいなと思ったんですよね。大鹿村の絶景を背景に、演者と観客が一体化する瞬間など、あの場所でしか得られないものにも憧れました。

石川かおりさん

 

南信州の自然で好きなところは?

幼い頃「地球って美しいんだな」と初めて心が震えたのが、高台にある祖父の家からの景色でした。だから大鹿村は私と自然をつなぐ原点みたいな場所。市内でいえば、近代的なスーパーの背後に大きな山が見えるところかな。そういう一つ一つに感動しちゃうんですよね。
山ってすごく時間をかけて作られているものじゃないですか。壊すのは一瞬だけど、壊されることなくそこに残っていることが歴史のつながりだとしたら、すごく尊いものに感じます。それは、文化・芸能にも通じるかもしれません。

 

南信州の文化についてどう感じますか?

正直、移住前は「保育所で働きながら歌舞伎さえできればいい。ダンスは週末の息抜きで…」と考えていました。
でも実際はこっちに来てからの方が踊っているかも(笑)。こんなにいろいろなアーティストがいて、文化活動も盛んなことに驚きました。

 

南信州に暮らしてみて感じることは?

今は大鹿村の保育所や学童施設で働きながら舞台活動をしています。
こどもたちはかわいいし、仕事も楽しいですね。東京は、刺激的だけど落ち着いて暮らせる場所ではなく「日々をきちんと暮らしたい」と楽しみにしながら南信州へ来て、すごく居心地が良いです。
夜の静寂があって、月が明るくて、夕焼けもすごくきれいで。住んでいる人には当たり前のことかもしれないけれど一つ一つが尊いです。

 

これから挑戦してみたいことは?

こどもに関わることは続けていきたいです。人形劇フェスタで「旅するりんご」という舞台に出た際、表現したものをこどもたちがそれぞれの感性で受け止めてくれていて、私自身も「お、これは楽しいぞ」と。
あとは、南信州の自然とダンスで一体化したいという目標もあります。
私は「美しい」の基準って自然の中にあると感じていて。ダンサーとしての表現の目標はそこにありますね。

石川かおりさん

 

屋内の舞台と自然の中との違いは?

舞台では客席の方向を意識し、演出、美術、照明を融合させてどう見せるか考えます。
一方、自然の中では意識が360度に広がり、いろんな感覚が押し寄せてくる。水一つでも水滴が落ちて波紋ができたり、水音で流れる方向が分かったり。
風も、それ自体は見えないけれど、吹かれている葉っぱを見れば道筋が分かります。踊る時に意識している、ふわっと優しくしたいところや、地に根を張った力強さなど、私が目指している質感は自然に全て宿っている。だから憧れるのかもしれません。

 

伝統の継承についてはどう考えますか?

私が大鹿のこどもたちに関わり続ける理由のひとつに、私を介して歌舞伎を身近なものに感じてほしいという思いがあります。
こどもの頃に感じた温かなものがどこかに残っていて、大人になって大鹿歌舞伎を一緒に演じられたらすごくうれしい。
私が大鹿歌舞伎に関わり続けることも、こどもに関わり続けることも、大きな流れの中でいつかはつながるんじゃないかと思うし、そう願っています。

 

 

石川かおりさん

石川 かおり さん【プロフィール】
1991年、愛知県生まれ。ダンサー・俳優・衣装作家。
コンテンポラリー、モダン、ジャズなど多彩なダンス経歴を生かしてコマーシャルやミュージックビデオ、音楽番組などで活躍。
振付や衣装も担当するなどマルチに活動の幅を広げる。一方、幼い頃から祖父が太夫を務める「大鹿歌舞伎」に憧れ、2020年南信州へ移住。
2021年秋公演で初舞台を踏み、大鹿歌舞伎役者として芸を磨き続ける。
近年は舞台演劇にもフィールドを広げ、2024年には飯田市のアーティストとのコラボレーションによる「園原のははき木〜源氏物語 帚木・空蟬の巻」(南信州アートラボ )」、「旅するりんご」(劇団WAKWAKイイダ)にも出演。自身がノンバイナリージェンダーであることも公言し、ジャンルもジェンダーも越えるパフォーマンスで躍進を続ける。

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