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市長エッセー(市長室から)その51〜
飯田市長・佐藤健が日々感じたことを記していきます。
57 一目惚れ~『手から、手へ』との出会い(広報いいだ令和8年2月号から)
その本は、私が泊まった宿のロビーの本棚に、『セロ弾きのゴーシュ』と並んでそこに居ました。背表紙に「植田正治」という懐かしい名前がありましたので、「ゴーシュ」と一緒に手に取りました。
植田正治さんは、鳥取県境港市出身の写真家で、鳥取県庁に勤務していたことのある私にとっては大変なじみのある方です(福山雅治さんが写真の師匠と仰いでいたことでご存じの方もいるかと思います)。
『手から、手へ』と題されたその本は、見開きの右ページに池井昌樹さんの詩「手から、手へ」の一節が、左ページに植田正治さんの写真が配されていて、開いた瞬間からまさに一目惚れ、一気に引き込まれました。
この本を企画した山本純司さんも、ある会合で耳にした池井さんの「手から、手へ」に心を摑まれ(「一耳惚れ」という言葉はあるのでしょうか⁈)、詩集を買い求め、植田さんの写真と合わせて絵本にすることを決意した、とあとがきに書いていましたが、私も「ゴーシュ」が引き合わせてくれたこの本との出会いに運命的なものを感じ、その場でネット注文したことでした。
出版されたのは2012年と比較的最近ですが、昭和初期を思わせる落ち着いた装丁は、いずれ「ロングセラー絵本」と呼ばれるに相応しい風合い。そのことも含めて、親から子へと永く伝えていきたいという思いが詰まった一冊。出会えたことに感謝、です。
56 2026年を迎えて(広報いいだ令和8年1月号から)
あけましておめでとうございます。
健やかに新しい年を迎えられましたこととお慶び申し上げます。
今年の干支は丙午(ひのえうま)ですね。少し年配の方であれば、「丙午の年に生まれた女性は気性が激しく、夫の命を縮める」という迷信があったことをご存じだと思います。
何バカなことを、と笑ってしまいそうな話ですが、前回の丙午、1966(昭和41)年は、この迷信のせいか(女の子が生まれたら困ると思ったのか)、前年に比べて25%も出生数が減ったのだそうです。
減ったと言ってもその年の全国の出生数は136万人、2024(令和6)年の出生数68万人の倍です。丙午の迷信など関係なく、この国に生まれてくるこどもの数は減る一方ですが、今年生まれてくるこどもたち一人ひとりに幸あれと心の底から祈ります。
2026(令和8)年はどういう年か、と考えてみますと、1996(平成8)年に飯田市が目指す将来都市像として「環境文化都市」を掲げてから30年という節目の年に当たります。
今ほど「環境」というキーワードが意識されていなかったであろう当時に、環境への取り組みを市民の文化と言えるくらいまで高めていこうと謳った先人の見識には驚くばかりですが、近年、猛暑が続き、気象災害が激甚化・頻発化するなど地球温暖化の影響が現実問題となっているというのに、「気候変動問題は史上最大の詐欺」とうそぶく人が某大国の指導者であるという皮肉。そういう今だからこそ、私たち飯田市民は、30年前の先人たちに敬意を表し、今まで以上に環境への取り組みを大切にしなければならないと思います。
環境への取り組みは、「守る」ばかりではなく「攻め」もあります。
信州大学の堂免一成先生らがエス・バードを拠点に進める「水に太陽光を当てて水素を発生させる」グリーン水素(人工光合成)の研究は、世界のエネルギー事情を一変させる可能性のある最先端の研究です。令和8年度には、いよいよ実証実験のための水素生成パネルがエス・バードに設置されます。「ワクワクする未来」の幕開けです。
2026年、市民の皆さんが1つでも多くのワクワクを感じられる年になるよう、頑張ります。本年もよろしくお願いいたします。
55 正解(広報いいだ令和7年12月号から)
中学3年生の息子の最後の文化祭。保護者として音楽会を観に行きました。息子のクラスの合唱は、男女ともよく声が出ていて、その様子を見ていたら少しウルウル。そして、それに続く3学年全体の合唱。「正解」というタイトルのその歌は、歌詞が素晴らしく、まるで卒業式のようで、ついに涙腺が崩壊してしまいました。
「あぁ答えがある問いばかりを教わってきたよ/だけど明日からは/僕だけの正解をいざ探しに行くんだ/また逢う日まで/次の空欄にあてはまる言葉を書き入れなさい/ここでの最後の問い/制限時間はあなたのこれからの人生/解答用紙はあなたのこれからの人生/答え合わせのときに私はもういない/だから採点基準はあなたのこれからの人生/『よーい はじめ』」
ふと見ると、写真係をしていた先生も、眼鏡を外して目をゴシゴシしていて、それを見てまた···。
この曲はRADWIMPSというグループの野田洋次郎さんが2018年にNHKの「18祭(フェス)」という番組の中で、1000人の高校生とともに作り上げた曲とのこと。今や卒業式の定番ソングの1つとなっているそうです。
あと4か月で卒業式を迎える中3生高3生の皆さん、卒業式の前に解答用紙を「用意された正解」で埋めなければならない試練はありますが、その先の、自分の問いや願いをもとに自分の好きや得意を見つける旅に向かって、「よーい はじめ」。
●RADWIMPS「正解(18FESver.)」より歌詞引用
作詞 野田洋次郎 作曲 野田洋次郎
54 ムトスの学び(広報いいだ令和7年11月号から)
秋分の日にたまたま聞いたNHKラジオ「元気が出る修行論2.0」という対談番組が面白かったのですが、精神科医の泉谷閑示さんが「微妙に話はズレますが」と断ってお話しされた幼児教育についての話には考えさせられました。
「新品のコンピューターに便利なソフトをたくさん入れたら高性能になって使い勝手がよくなる的な発想でこどもにいろんなことを詰め込んでしまって、後々すごく問題になっちゃう。そうやって育てられた人が大人になってどうなっちゃうのかという姿をたくさん見ているので、そういうことはよした方がいいよと言っているがなかなか届かない。こどものやりたいことを援助してあげるのはいいと思うが、興味もないのに塾だ習い事だとやらされていると、自分は何が好きかを分からないこどもが作られていく。そうすると、こどもたちは『いやだ』を感じないように適応する。それは、『やりたい』も『何が好き』も分かんない状態。これで大人になって『何がやりたいのか』と突然訊かれてもポカンとしてしまう。そういうケースはかなり多いと思う。」
飯田市が掲げる「ムトスの学び」は、この対極にあると言ってよいでしょう。
「私の問いや願いをもとに学びを深め、好きや得意を見つけて共感しあい、地域を愛する人材を育む」――この「ムトスの学び」こそ、今の時代に求められているものだと思ったことでした。
53 みずから、はじめる~From Water,From Myself(広報いいだ令和7年10月号から)
先日、信州大学の「アクア・リジェネレーション共創研究センター」の開所式に招かれて行ってきました。
なぜ私が招かれたのかと言えば、それはもちろん、飯田市(南信州)を実証タウンとして堂免一成先生のグリーン水素の社会実装に向けた研究が行われるからです。
ご挨拶の機会を頂きましたので、こんなあらすじのお話をしました。
「水と太陽光から水素を創る、この世界のエネルギー事情を一変させるような研究が飯田市のエス・バードを拠点に行われることを、大変嬉しく、誇らしく思います。堂免先生には、ぜひノーベル賞を取っていただいて、神岡町がカミオカンデで有名になったように、飯田市のエス・バードが世界中に知られることになる日を夢見ております。少し先に延びてしまいましたが、飯田市にはリニアの駅ができます。そうすれば、甲府にも20分で行けますから、山梨大学(注:当日は山梨大学の学長もお見えでした)とも簡単に行き来できます。松本・飯田・甲府、このトライアングルから世界を変えていきましょう!」
遠藤守信先生のMO膜、手嶋勝弥先生の信大クリスタルも含めて、飯田市(南信州)で行われる「水」の研究、市民の皆さんにもぜひ関心を持っていただき、「自」分ごとのように応援していただければと思います。将来の大学院誘致、さらには学部誘致につなげていけるように。
52 名店の実力(広報いいだ令和7年9月号から)
7月某日、午後6時過ぎ。私は、東京四谷のとある牛たん屋さんのカウンターの端っこに居ました。同期会が始まる7時まで少し時間があったので、せっかく四谷に来たことだし、昔職場の同僚とよく行っていたその店を訪ねてみることにしたのです。
まだ早い時間だというのに店内はとても混み合っていて、これは無理かなと思いましたが、帳場の女性が無理してカウンター席を1つ空けてくれたのでした。
名物の「ゆでたん」と生ビールを独り味わっていたところ、ふと背後から「味は変わっていませんか?」と声を掛けられました。ニコニコとそこに立っていたのは、店の女将。「はい、美味しく頂いてます。」と答えましたが、内心、とても驚きました。
確かに何度も足を運んだ店ではあるものの、1人で行ったことはなく(つまり、かつて「常連客」だったわけではありません)、しかも最後に行ったのは、出張の際に誰かと寄った少なくとも15年以上前のはず。到底、女将が私の顔を覚えていたとは思えないのですが、仮に誰か他の人と勘違いしたのだとしても、そういう佇まい(昔を懐かしんでいる様子)で独り飲んでいる客に声を掛けてくれた女将の心遣いが嬉しかったことでした。
店を出るときに女将の姿は既になく、幻だったのかとさえ思いましたが、昔と変わらぬ「ゆでたん」の味以上に、私を喜ばせてくれた出来事でした。
51 リンゴなみ木(広報いいだ令和7年8月号から)
このコラムが皆さんの目に触れる頃には既に終わっていますが、7月に総務省自治大学校で講師としてお話しする機会を頂きました。
飯田市のまちづくりが市民の皆さんの自治の精神(ムトスの精神)に支えられていることをりんご並木のエピソードを紹介しながらお話ししようと考えています。
『心に太陽を持て』(山本有三編著・新潮文庫)に「リンゴのなみ木」というタイトルのお話が収められていることをご存じですか?
同著には、パナマ運河開設の話やスコットの南極探検の話、「落穂拾い」で有名な画家ミレーの生涯や「ロウソクの科学」という名著を残した科学者ファラデーの生涯など、山本有三が世界中の逸話の中から厳選した物語が二十編余り取り上げられており、その中で我らが「リンゴのなみ木」の物語は、トリ前(最後から2番目)を堂々と飾っています。
自治大の講義では、そこから次のような飯田東中学校の生徒の言葉を紹介しようと思っています。
「ぼくらは、赤い美しい実をみのらせることによって、町を美しくするばかりでなく、町の人々の心をも美しくしてゆきたいのだ。そうした社会的精神が、町じゅうに行きわたる時、はじめて、この飯田市の復興も達成されるのだと思う。」
リンゴの実に大火からの復興の希望を託した先人たちの思いを、「まちのDNA」として将来にわたって繋いでいきたいものです。

