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飯田歴研賞受賞作品一覧(2024年度〜)
2024年度の受賞作品
著作賞
山野 晴雄 (やまの はるお) 『大正デモクラシーと地域民衆の自己教育運動―自由大学運動の研究―』(自由大学研究・資料室、2023年12月)
【講評】
1970年代、学問とは何か、教育とは何か、という切実な問いのなかから自由大学運動研究はスタートした。山野氏はその先駆者であり、先導者でもあったが、本書は氏の永年の研究成果を集大成した著作である。
周知のように自由大学運動においては土田杏村・山本宣治・高倉テルら知識人の文化論・学問論と、学習運動を実際にになった地域青年たちの意識状況を総合的に分析していくことが求められる。そのことを通してはじめて「学問」とは何か、それを「自由」に地域の青年たちが「担う」とはどういうことか、といったアクチュアルな問題が浮かびあがってくるが、本書の叙述はこうした問題を提示するうえで優れたものとなっている。また地域(新潟や伊那、福島など)における自由大学運動の発掘は本書の白眉でもある。
研究史の叙述や年譜など関連資料も充実しており、後進にとってよい研究の手引きともなっている。
以上、(1)充実した内容をふくむ歴史叙述、(2)今後の研究へのよい入門書であること、そしてなによりも(3)市民自らが学問・研究をすることとはどういうことか、といった問題を提示していることにおいて飯田市歴史研究所の設立理念にも沿う、この3点によって歴研賞受賞にふさわしい作品と評価した。
奨励賞
土井 麦穂 (どい むぎほ) 『夕陽に對す 祖父の漢詩ににみる満州開拓の日々』(2023年6月)
【講評】
土井麦穂氏『夕陽に對す 祖父の漢詩にみる満州開拓の日々』は、当地出身の著者が、祖父の残した漢詩を手がかりに、戦争の時代を捉えようとした作品である。その祖父は、戦時期に川路地区で組織された満洲開拓団の団長として活動し、現地で命を落とした人物だった。ひとつひとつの詩の背景や人物像を丁寧に綴ることで、戦後世代が過去を生きた人に思いをはせる、一つの良きあり方を示している。小品ながら、歴史研究所所蔵の地域資料や、このテーマを専門的に調査してきた研究員の支援を活用し、関連する資料を調べ読みこんでいる点が優れている。多くの市民に、ぜひこのような形で研究所を活かしてほしいという願いも込めて、奨励賞としたい。情報の爆発的増加や、フェイクニュースの存在は、歴史をめぐる社会の認識をいよいよ揺さぶっている。本書で取り組まれた家族史のような、現在と地続きの歴史に目を向ける営みと学問との協働が一層必要だろう。