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飯田歴研賞受賞作品一覧(2024年度〜)
2026年度 受賞作品
著作賞
松澤 保さん
『《歴史探訪》榑木運材にかかわった信州代官の動向 阿智村の宮崎三家と市岡氏の足跡を訪ねて』
(南信州新聞社出版局、2026年1月)
【講評】
本書は『伊那』に掲載された7本の論考を1冊にまとめたものであり、伊那谷の榑木運材を担った宮崎三家と市岡氏を中心に関連人物の動向を描く。遠山谷や遠州船明などにおける運材の様相のみならず、下伊那から転出した先の近江醒ヶ井における施政や、代官の一族が紀州徳川家に仕えた様子、京都町奉行、江戸町奉行として活躍した様子などにも幅広く言及する。
本書は文献史料を中心に、石碑や絵図、地形などの厳密な分析に基づく、優れて実証的な手法によって描かれており、著者が歴史学の手法にきわめて熟達していることがうかがえる。なによりも醒ヶ井や和歌山などに自ら足を運び、現地調査を行っていることが強い感銘を与え、ここに本書の大きな魅力がある。
本書を通読することによって、17世紀末の幕政の転換が在地代官の一族の運命を大きく変えていったことが立体的に浮かび上がり、江戸幕府の権力構造とその変化を考えるうえでも高い学術的価値を持つ。以上から本書は歴研賞の著作賞として高く評価される。
奨励賞
清水 文夫 さん
「普門院創建と宝憧寺・大龍寺私見」(『伊那』第71巻第6号、2023年6月)
「行倒れの旅人への対応―元禄5年「飯田御用覚書」より―」(『伊那』第72巻第7号、2024年7月)
「堀家飯田藩の江戸廻米と天竜川の水運」(『伊那』第73巻第5号、2025年5月)
【講評】
一連の論文は、飯田市歴史研究所の「近世史ゼミ」において延宝2年「飯田御用覚書」の読解に参加した著者が、他の年の「飯田御用覚書」に興味を持ち、独自に分析することによって書かれたものである。3本は延宝から元禄期を対象としており、それぞれ飯田藩の祈祷寺である普門院の創建過程と大龍寺の位置、飯田から西国に巡礼に出かけ行き倒れた者と他所から藩領に入り込み行き倒れた者をめぐる動向、飯田藩による江戸廻米の過程についてとりあげている。内容が大きく異なるが、飯田藩政と地域に暮らす人々にとっていずれも非常に重要なトピックを深掘りしたものである。実証的に手堅く、学問上有用な事実が明らかにされている。それぞれ単独の作品として優れたまとまりを示しており、著者の研究者としての高い可能性を十分にうかがうことができる。今後のさらなるご活躍を期待したい。
南信州文化財の会
『わがムラの石造文化財』1~3
(南信州新聞社出版局、2016年2月・2020年7月・2025年5月)
【講評】
本書は、地域に残るさまざまな石造文化財について、長い時間をかけて地元の方々が調査してきたものだ。石造文化財のつくられた時代は近現代まで含む広範なものである。碑文だけではわからない由来や時代背景を学ぶことができるため、地域市民が日々接する景観の意味を、より深く読み解くための助けとなるだろう。長い時間の中で伝わりにくくなる、碑を建てた過去の人びとの意思を継承する試みとも言える。住民主体の歴史継承として重要な成果だ。地元紙での連載がまとまって刊行され、読みやすさの点でも大きな意義がある。こうした蓄積がウェブサイトなどを通じて視覚的に整理され、より広い層に届くことを願いたい。
2025年度 受賞作品
著作賞
小林 旅人(こばやし たびと)さん
『和傘ってどんなもの? 阿島の和傘篇』
(喬木村文化遺産プロジェクト推進委員会、2024年3月)
【講評】
喬木村阿島では、古くから和傘(阿島傘)が盛んに製造され、主力産業となっていたが、現在では生産量が激減しており、技術と伝統を未来に継承すべく、地域の方々が積極的に活動を行っている。本書は和傘職人を営みながら「地域おこし協力隊」として喬木村に着任した筆者が、和傘とはどのようなものであるか、長野県における和傘の生産の特色な何であり、阿島はそのなかでどのような位置を占めるか、和傘をとりまく文化などについて、豊富な事例と多くの絵図や写真をもとに論じた労作である。和傘生産の技術的な側面についてていねいに解説していること、また、阿島の和傘生産の歴史について一次史料をもとに調べ、史料とデータを紹介していることなど、特筆すべき点が多い。子どもでも読める平易な文章でありながら、専門的な内容にもふみこんでおり、学術的にも価値を持つが、なによりも和傘と和傘にかかわる人々に対する温かいまなざしにあふれていることが、本書のおおきな魅力となっている。
論文賞
林 優一郎(はやし ゆういちろう)さん
「三穂小学校校歌に関する考察」
(『伊那』第72巻第10号、2024年)
【講評】
本論文は、三穂小学校の創立150周年事業のひとつである記念誌の制作において行われた調査の成果である。三穂小学校の校歌について、従前の「昭和の初期に村歌が校歌に転じた」という見解の再検証を主題とし、校歌の歴史を紐解きながら、次々と浮かび上がる問いに真摯に向き合い、重層的に論が進められる。調査にあたって、小学校所蔵史料のほか、関連する地域史料や官報などをていねいに読み解きながら検討が重ねられている。まずその着実な過程により明らかにされた諸事実そのものの価値が大きい。 また、諸史料から導き出された結論、すなわちもともと明治43年に三穂小学校校歌として作られ制定されたものが、一方で村歌としての要素も持ち合わせ、「『校歌』が『村歌』としての意味を成していた」との見解は、一校歌の研究事例にとどまらず、当時の学校と村との関係性や、村歌制定と村民のアイデンティティ形成など、多様な論点の考察につながるもので興味深い。 よって本論文は、飯田歴研賞にふさわしいと評価した。
奨励賞
青島 重行(あおしま しげゆき)さん
『青島秋夫日記と満洲移民―シベリアに眠る祖父へ―』
(2025年3月)
【講評】
本作は、著者の祖父・青島秋夫が残した日記ー1930年および1933年―を翻刻し、その時代背景を研究したものである。この日記は1930年代に長野県で教員を務めた青年が、何を学び、時代に向き合ってどのように生きたかを伝える歴史資料である。いわゆる「二・四事件」の教育現場への影響や、のちの満洲移民につながる記述もあり、史料的な貴重性は高い。また、著者は祖父がのちに活動することになる中国・東北部の移住先跡地を訪問したことも記録していて、歴史の継承として意義深いものがある。この作品が、飯田市民の手によって、飯田市歴史研究所での共同の研究を通じて作り上げられた点を高く評価したい。共に研究してきた粟谷真寿美氏、本島和人氏も原稿を寄せており、満州移民など、その後のつながりや背景も知ることができる。このように、市民一人一人が自らにつながる歴史を調べ考えることを支えるのは、歴史研究所の重要な役割であろう。その点から、本作を奨励賞としたい。
2024年度 受賞作品
著作賞
山野 晴雄 (やまの はるお)さん
『大正デモクラシーと地域民衆の自己教育運動―自由大学運動の研究―』
(自由大学研究・資料室、2023年12月)
【講評】
1970年代、学問とは何か、教育とは何か、という切実な問いのなかから自由大学運動研究はスタートした。山野氏はその先駆者であり、先導者でもあったが、本書は氏の永年の研究成果を集大成した著作である。
周知のように自由大学運動においては土田杏村・山本宣治・高倉テルら知識人の文化論・学問論と、学習運動を実際にになった地域青年たちの意識状況を総合的に分析していくことが求められる。そのことを通してはじめて「学問」とは何か、それを「自由」に地域の青年たちが「担う」とはどういうことか、といったアクチュアルな問題が浮かびあがってくるが、本書の叙述はこうした問題を提示するうえで優れたものとなっている。また地域(新潟や伊那、福島など)における自由大学運動の発掘は本書の白眉でもある。
研究史の叙述や年譜など関連資料も充実しており、後進にとってよい研究の手引きともなっている。
以上、(1)充実した内容をふくむ歴史叙述、(2)今後の研究へのよい入門書であること、そしてなによりも(3)市民自らが学問・研究をすることとはどういうことか、といった問題を提示していることにおいて飯田市歴史研究所の設立理念にも沿う、この3点によって歴研賞受賞にふさわしい作品と評価した。
奨励賞
土井 麦穂 (どい むぎほ)さん
『夕陽に對す 祖父の漢詩ににみる満州開拓の日々』
(2023年6月)
【講評】
土井麦穂氏『夕陽に對す 祖父の漢詩にみる満州開拓の日々』は、当地出身の著者が、祖父の残した漢詩を手がかりに、戦争の時代を捉えようとした作品である。その祖父は、戦時期に川路地区で組織された満洲開拓団の団長として活動し、現地で命を落とした人物だった。ひとつひとつの詩の背景や人物像を丁寧に綴ることで、戦後世代が過去を生きた人に思いをはせる、一つの良きあり方を示している。小品ながら、歴史研究所所蔵の地域資料や、このテーマを専門的に調査してきた研究員の支援を活用し、関連する資料を調べ読みこんでいる点が優れている。多くの市民に、ぜひこのような形で研究所を活かしてほしいという願いも込めて、奨励賞としたい。情報の爆発的増加や、フェイクニュースの存在は、歴史をめぐる社会の認識をいよいよ揺さぶっている。本書で取り組まれた家族史のような、現在と地続きの歴史に目を向ける営みと学問との協働が一層必要だろう。

