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飯田市の水道の歴史

ページID:0063011 印刷用ページを表示する 掲載日:2019年6月19日更新

創設

  • 大正15(1926)年、当時の飯田町は、飯田町と隣の上飯田村の区域(飯田5地区)へ給水を行うため、遠く大平の黒川に水源を求め、計画給水人口40,000人とした上水道事業を計画しました。
    大工事の末、昭和3(1928)年12月7日から給水を開始し、ここに当市の上水道事業が創設されました。

拡張期

  • 昭和36(1961)年6月の三六災害の後、長野県による松川ダム建設を契機として松川から新たに日量3万㎥の水量を得て、当時の飯田市・鼎町・上郷村で新たな水道事業を計画し、昭和45(1970)年3月には国の認可を受け、下水道事業と併せた一部事務組合による飯田地区広域上水道事業が発足しました。
    以来、昭和48(1973)年8月に妙琴浄水場の完成を始め、送配水施設の建設を進めてきました。

  • 昭和53(1978)年4月には飯田市、鼎町及び上郷町の水道事業を統合し整備が進められました。また、飯田市が経営していた川路・立石・知久平の3簡易水道についても、法適用簡易水道として組合の一括経営となりました。

  • その後、沢城・龍江・中組・米川・南原・山本の6簡易水道を設置し、これらは法非適用簡易水道事業として特別会計を設け施設整備と経営を行ってきました。
    この間、昭和59(1984)年12月に鼎町と、平成5(1993)年7月には上郷町との合併により一部事務組合は解散し、これらの水道事業は飯田市水道局に引き継がれました。

  • 平成7(1995)年からは知久平・南原・中組の簡易水道や民営水道を統合して知久平統合簡易水道を整備し、平成11(1999)年度に完成となりました。平成10(1998)年8月には伊豆木簡易水道が供用開始され、平成16(2004)年度末までに法山簡易水道と米川簡易水道拡張整備の事業が完了しました。

  • 平成17(2005)年4月には川路・立石・龍江・山本・伊豆木・知久平統合・沢城の7簡易水道を上水道事業に統合しました。また、同年10月の上村・南信濃村との合併により10簡易水道施設と6飲料水供給施設及び2簡易給水施設を引き継ぐとともに、平成20(2008)年3月にこれら施設を統合し遠山簡易水道として整備事業を実施してきました。

会計統合

  • 平成21(2009)年度の上久堅簡易水道事業の完了を待って、平成23(2011)年4月から米川・法山・上久堅の3簡易水道を上水道事業に統合し、更に平成29年度には遠山簡易水道を上水事業に会計統合しました。

維持更新期

  • 平成28(2016)年度から、老朽化した妙琴浄水場の更新事業に取り組んでいます。

水道の歴史

 

こちらもご覧ください

水道事業の沿革


飯田市上下水道局
経営管理課水道課下水道課住所:長野県飯田市大久保町2534 Tel:0265-22-4511
下水浄化センター住所:長野県飯田市松尾明7716 Tel:0265-23-1772