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龍江大平薬師如来立像

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年5月30日更新

龍江大平薬師如来立像(たつえおおだいらやくしにょらいりゅうぞう) 1体

区 分:飯田市有形文化財(平成31年4月12日 指定)

所在地:龍江7533番地1「大平薬師堂」内

所有者:個人

年 代:平安時代中期から後期

規模等:像高61.5cm、ヒノキ一木造(いちぼくづくり ※1)、内刳り(うちぐり ※2)なし

※1 一木造:平安時代初期の彫刻技法で、像全体から台座まで1本の木材から彫り出す技法です。のちに一木造の基本的条件は、頭部と体部が1材から彫り出されることとし、体部から離れている手足やその他の小部分などが別材であっても一木造りと考えるようになりました。

※2 内刳り:木材のひび割れを防ぎ、重量を軽くするために中心部分をくり抜く技法のことをいいます。

 

やくしにょらいりゅうぞう

概 要:

左の手に薬壺を載せ、蓮華座の上に直立する薬師如来(※3)の立像です。

一本のヒノキから彫り出され、内刳りは施されていません。現在は両袖口に小さな部材が取り付けられていますが、当初は袖口を含んだところまで同じ材を使って彫られていた可能性も考えられます。

現在の像の顔部分の彩色、白毫(※4 びゃくごう)、両袖口、両手先、両足先、両足先の付け根付近を除いた地付き部、光背(※5 こうはい)、台座は、後世に補修・添加されたものです。

 

※3 薬師如来:多くは薬壺(やっこ)を持った姿で現される如来像の一種です。薬師瑠璃光如来、大医王仏とも呼ばれ、あらゆる病苦を治癒してくれます。死後、浄土での平安を与えてくれる阿弥陀如来に対して、薬師如来は生きている間に人々を救ってくれる現世利益のほとけといえます。

※4 白毫:眉間にある右巻きの白く長い毛です。伸ばすと1丈5尺(約4.5メートル)あります。仏像では、丸いふくらみで表されるほか、水晶や真珠などの宝石がはめ込まれることがあります。

※5 光背:仏像の背後に据えられるもので、ほとけの体から発する光をかたどったものです。

特 徴:

龍江大平薬師如来立像を正面から見てみましょう。

体中央の弓なりに曲がった大きな干割れと像全体の右方向への歪み、大きく膨らむ腹部から腰、両腕を体側から離し気味にして開放的に前を広く表す様子を見て取ることができます。

その一方で極端な撫で肩、小ぶりな頭部など正面の全体観は上方に向かうに従って先細りするような趣があります。

しかし側面から見ると、頭部の奥行きが腹部の厚みに伴うようにしっかりとした造りであることがわかります。

大平薬師如来右側面 像を左側から見た様子

頭部の螺髪(※6 らほつ)は損耗が激しいものの、頭部前方の一部には粒上に彫り出されたものが見られます。

比較的損耗の少ない右耳後方では賽の目状に表され、後方に向かうに従い横方向の刻線がまばらとなり縦方向の刻線のみとなり、後頭部には螺髪の痕跡が見られません。

このため頭部の前方から後頭部に向かって螺髪がグラデーションのように彫り表されていたと考えられます。

 

両耳は輪郭を取り出した程度の荒彫り風で、衣文の表現も彫りが浅く線的に表現されており、極端に簡略化されています。

大平薬師如来側頭部 像の右耳後方の様子

体部に見られる大きな干割れや、原木の姿を思わせる像の歪みから、仏像の用材に適さない歪んだ原木の使用が想定されます。

また、螺髪の表現方法、荒彫り風の両耳、簡略化された衣文など、各所に素材となった原木そのものの面影を残そうとする配慮が感じられます。

 

像に年代を示す銘文などはありません。

構造が内刳りのない一木造で、彫眼で色彩を施さない素木の像といった特徴から平安時代と見られますが、当時主流であった定朝様式(※7 じょうちょうようしき)とは全く異なる様相を持つ仏像です。

原木の姿形をあえて残す作風が特徴であり、「霊木化現仏」(れいぼくけげんぶつ ※後述)の可能性と、10世紀頃の制作が想定されています。

 

※6 螺髪:タニシのような形の粒が集まって表される髪型のことです。仏像では、縄のような模様で表現されたり、省略されることもあります。

※7 定朝様式:定朝とは、平安時代後期に活躍した仏師です。密教伝来により大胆な表情の像が流行した平安時代前期とは異なり、わが国独自の和様彫刻という穏やかな表情の仏像が流行します。平等院鳳凰堂(京都府)の「阿弥陀如来坐像」がその代表作です。また、寄木造りの技法も定朝の頃に確立されました。

 

「龍江大平薬師如来立像」の価値:

(1)飯田下伊那でも数少ない平安時代の仏像であること

龍江大平薬師如来立像は、その製作技法等から平安時代の仏像と判断されます。また、研究者によっては10世紀頃の制作という意見もあり、飯田下伊那でも最古級の仏像の一つとして重要です。

(2)独特な制作背景が想定される仏像であること

龍江大平薬師如来立像は、生命感にあふれる腹部の重厚な趣、螺髪の造りの技法、像の歪みや干割れ、荒彫り風の表現など、制作にあたって用材に過度な手を加えず、原木そのものの面影を残そうとする配慮が見られます。

こうした特徴から、用材に霊性を供えた神木が選ばれ、その化身となるよう制作された背景が想定されます。

このような制作背景を持つ仏像は県内でも数少なく貴重です。

 

霊木化現仏について

類例

大平薬師如来と同様に霊木化現の特徴を持つ例として、飯田下伊那では飯田市立石・立石寺蔵の十一面観音立像(平安時代10~11世紀 長野県宝)、同蔵の伝広目天像(同)があります。

特に立石寺十一面観音立像は、桂の一本木で像の全身が制作され、内刳りは無く、目の形を彫らず眼球のふくらみのみを表しています。側面から見ると腹部が不自然に大きく膨らんでおり、衣文も浅く彫り出されています。

 

県内の事例としては、小県郡青木村大法寺の十一面観音立像、伝普賢菩薩立像(いずれも国重要文化財、10世紀)長野市松代の清水寺天部形立像(10世紀)があります。

県外の主な事例としては、岐阜県中津川市永昌寺阿弥陀如来坐像(旧山口村村宝、11~12世紀)、兵庫県丹波市達身寺薬師如来坐像(国重要文化財、9~10世紀)、十一面観音立像3体(いずれも国重要文化財、10世紀)、秋田県湯沢市伝千手観音菩薩立像(市指定文化財、11~12世紀)などがあります。

霊木を像にするということ

古い神社仏閣を訪れると、その境内にそびえる巨木に圧倒されることがあるかと思います。

古来日本人は、生命力に満ちた巨木や古木を霊木と崇め、信仰の対象としてきた歴史があります。だからこそ、寺社の境内でも群を抜くほどの巨木にはしめ縄が張り巡らされ、人々の信仰を集めてきたのです。

仏像を彫るとき、木材に節があったり、曲がったりしていてはうまく像を彫ることができません。そのため、木彫像を彫るための用材を選ぶとき、まずは入念に木材の状態を確認する必要があります。

いわゆる一本木の仏像の多くは、クスノキやカヤなど霊木として珍重されてきた材が用いられています。その根底には、先述したようなアニミズム的な思想(=「聖なる自然物に魂が宿る」)があります。

彫りやすい、美しい材を用いてお像を作るよりも、歪んでいたとしても聖なる力に満ちた霊木を用いることの方が優先されたのです。

 

龍江大平薬師如来立像の特徴は、全体の大きな歪みと、材料となった木に過度な加工を加えていない点です。

こうした点から、本像は霊性を供えた神木を用材とし、像がその化身であるとの観念から神木の姿かたちをあえて残した作風となっていると考えられます。

この像も、そうした霊木との交信によって姿を現したものだと考えられます。

 

見学・注意事項

○大平薬師堂の外からの見学ができます。薬師堂の中に立ち入っての見学を希望される方は、事前に飯田市教育委員会にご連絡ください。

  飯田市教育委員会… 電話番号:0265-22-4511 内線:3754)

関連書籍

『伊那谷の古雅拝礼 仏教美術をめぐる55のエッセイ』 織田顕行 2012年

「木曽義仲関係伝承を持つ飯田と馬籠の仏像」 西山保 2007年 『飯田市美術博物館研究紀要』5

『イラスト図解 仏像』 福島弘道監修 2011年

『知識ゼロからの仏像鑑賞入門』 瓜生中 2004年

 

すべて飯田市立中央図書館(外部リンク)でご覧いただけます。