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指定文化財一覧(国・県・市指定別)

ページID:0108914 印刷用ページを表示する 掲載日:2024年3月21日更新

国指定等文化財県指定等文化財 | 市指定文化財

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国指定等文化財

有形文化財(重要文化財〈美術工芸品建造物〉/登録有形文化財) / 民俗文化財 / 記念物史跡名勝天然記念物

重要美術品

有形文化財

重要文化財(美術工芸品)
名称 所在地等 概要 見学・備考
阿弥陀如来坐像 久米311 光明寺 像の高さ1.38mで、上品下生の印を結び趺座する。洗練された藤原期の作風で、平安時代末期の作と推定される。 非公開
木造誉田別尊坐像 八幡町1999 鳩ヶ嶺八幡宮 高さ0.99mの冠束帯の坐像で、俗体の例は少なく造形も優れ、体内墨書により正応元年(1288)の作とされる。 非公開
絹本著色八相涅槃図 上川路1000 開善寺 鎌倉時代中期の作品とされ、涅槃図を中心に釈迦の生涯の7つのエピソードが色鮮やかに描かれている。 非公開
画文帯四仏四獣鏡 直径23.7cmの白銅製で、中国六朝時代の製作、もしくは仿製鏡とする説がある。御猿堂古墳出土とされる。
重要文化財(建造物)
名称 所在地等 概要 見学・備考
文永寺 下久堅南原1245-3 文永寺 鎌倉時代の五輪塔とそれを覆う石室で、弘安6年(1283)癸末12月29日の刻名があり、知久敦幸62歳の時に南都の石工に造らせたことが記されている。 公開
白山社奥社本殿 上飯田(風越山頂付近) 三間社流造、こけら葺、弁柄塗り。和様と禅宗様と大仏様の折衷様である。室町時代の永正6年(1509)の墨書がある。 標高約1490m、外観のみ
旧小笠原家書院 伊豆木3942-1 懸造、一重入母屋造、こけら葺きで、桃山時代の建築様式が残る。寛永元年(1624)の建築とみられ、地方豪族の居館で江戸期に遡る書院は全国でも例がない。 有料、資料館併設
開善寺山門 上川路1000 開善寺 三間一戸楼門2階を欠く、切妻造、銅板葺、瑠璃閣ともいわれる単層唐様建築で、室町時代前期の建築といわれる。 所有者へ声をかけて下さい。
登録有形文化財(建造物)
名称 所在地等 概要 見学・備考
飯田市追手町小学校校舎 追手町2丁目673-1 昭和4年(1929)に建てられた鉄筋コンクリート造3階建の校舎で、意匠的に優れている。 外観のみ、現役校舎
飯田市追手町小学校講堂 昭和6年(1931)建築の鉄骨造平屋建の建物で、鉄骨造を感じさせない木造の内部構成が見どころである。
旧山本中学校杵原校舎管理教室棟 竹佐377-1 昭和24年(1949)に建てられた木造平屋建、切妻造、桟瓦葺の建物で、当時の地方における学校校舎の姿をよくとどめている。 外観のみ、内部は山本自治振興センターへお問合せ下さい。
旧山本中学校杵原校舎教室棟
旧飯田測候所庁舎 馬場町3丁目411-1 大正11年(1922)に建てられた木造平屋建の擬洋風建築で、19世紀末にヨーロッパで流行した新様式を取り入れている。 当課へお問合せ下さい。
下伊那教育会館 仲ノ町303-1 昭和13年(1938)に建てられた木造2階建の洋風建築。正面屋根中央にマンサードの破風、左右にドーマー窓を配している。 外観のみ
下伊那教育会土蔵 昭和13年(1938)に建てられた、切妻造、2階建の土蔵。桁行3間、梁間2間半とし、正面に下屋を設けている。
下伊那教育会旧黒須家土蔵 仲ノ町358-3 土蔵造2階建で置屋根式の桟瓦葺である。武家屋敷の街並みを感じることができる。 外観のみ
下伊那教育会旧黒須家門 間口2.4mの薬医門で、切妻造桟瓦葺である。武家屋敷の街並みを感じることができる。
柳田國男館(旧喜談書屋) 追手町2丁目655-7 飯田市美術博物館 日本民俗学の創始者である柳田國男が、東京都世田谷区に書斎(兼住居)として建てた建物で、昭和63年に移築された。イングリッシュ・コッテージの木骨様式をよく示している。 公開、飯田市美術博物館(外部リンク)へお問合せ下さい。

民俗文化財

重要無形民俗文化財
名称 所在地等 概要 見学・備考
遠山の霜月祭 上村・南信濃 12月(旧暦霜月)に遠山谷の各集落の神社で開催される湯立神楽で、鎌倉時代の荘園儀礼が起源と考えられる。神名帳を奉読する神事は全国的に稀で、昼夜にわたり湯立と舞を繰り返した後、神々の面が登場する。 神事につきマナーを守って見学して下さい。
記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財
名称 所在地等 概要 見学・備考
正月行事 地域を定めず 1月1日を中心とした門松やお年取り、ほんやりなどの行事。日本の年中行事の最も中心的なもので、その年の繁栄を祈る行事であったが、現在は急速に信仰色が失われつつある。 家庭・地域での行事です。
盆行事 送火、迎火、盆踊りなどの行事。仏教の影響を強く受けてはいるものの、民間の行事の実際には祖霊を祀って供養するという、日本固有の性格が伝えられている。
長野県下の代表的民家の間取り・使い方 長野県 本棟造は、切妻造り妻入りで緩やかな勾配の屋根をもち、雀おどしと呼ばれる棟飾りがつくこともある。その間取りはほぼ正方形である。 個別の指定等はありません。
伊那の人形芝居 龍江(今田人形)・上郷(黒田人形)他 江戸時代、大阪を中心に栄えた人形浄瑠璃芝居が伝わり、伊那谷では最盛期に20座近くの芝居があったが、現在は3座が活動している。 4月(黒田)、10月(今田)奉納上演
遠山霜月祭の芸能 上村・南信濃 三遠南信地方に伝わる霜月の湯立神楽の一典型であり、芸能史の展開を考える上で重要な神事的な民俗資料である。 神事につきマナーを守って見学して下さい。
信濃の火鑚習俗 上村程野 木の棒を錐のように板の上で揉んで火を鑚りだす古来以来の発火法。程野正八幡宮の霜月祭のきしめ造り12月1日に行なわれる。
下伊那のかけ踊 上村下栗 他の場所へ練り込み、太鼓・鉦を主要楽器として踊りかける形式のもの。災厄や祖霊等を送り出すため、盆や虫送り、雨乞い行事等と結びついている。 神事につきマナーを守って見学して下さい。
伊那谷のコト八日行事 千代・上久堅他 2月8日や9日を中心に、無病息災や集落の安全を祈願する。子どもが禍をミコシや笹と共に集落の外に捨てる。 神事につきマナーを守って見学して下さい。
中馬制 長野県 塩などの必要な物資を馬を用いて運送するもので、特に大規模な輸送の組織として著名である。農民がこれに従事し、信濃と三河・尾張との間を往復運搬し、飯田はその中心地であった。江戸時代後期から明治年間にかけてがその最盛期であったが、近代の輸送機関の発達につれて衰退した。 現在は行われていません。
重要有形民俗文化財
名称 所在地等 概要 見学・備考
下黒田の舞台 上郷黒田2346 下黒田諏訪神社 間口8間、奥行4間、木造2階建、入母屋造の舞台で、屋根裏の梁組に亀甲梁を採用している。天保11年(1840)に建築され、黒田人形の上演に使用される。 外観のみ

記念物(史跡・名勝・天然記念物)

史跡
名称 所在地等 概要 見学・備考
恒川官衙遺跡 座光寺3446 他 7世紀後半から10世紀前半にかけて営まれた古代の役所「伊那郡衙」と考えられる遺跡。正倉院を構成する建物址、舘・厨とみられる建物址、祭祀が行われていた「恒川清水」が残り、和同開珎銀銭、硯、瓦、炭化米が出土している。 今後整備予定
飯田古墳群 飯田古墳群 座光寺・上郷・松尾・竜丘 市内に現存する5~6世紀の前方後円墳と帆立貝形古墳22基のうち13基で、各地の単位群から成る。飯田下伊那は内陸交通に重要な馬の管理を通じて、ヤマト政権と密接な関係を持つに至った。 所有者・近隣等へご配慮下さい。
高岡第1号古墳 座光寺3338-1 他 墳丘長72.3mの前方後円墳で、6世紀前半の築造と考えられている。埋葬施設は横穴式石室で、入口両脇の石を立てる構造や、壁の一段目が平石を立てている構造に特徴があり、九州や朝鮮半島との関連が考えられる。  
飯沼天神塚(雲彩寺)古墳 上郷飯沼3334-1 墳丘長74.5m、飯田古墳群内では最大規模の前方後円墳で、6世紀前半の築造と考えられている。石室は細長い羨道部が特徴で、群馬県の古墳の石室に類例がある。 お寺へ声をかけて下さい。
御射山獅子塚古墳 松尾久井284 他 墳丘長58mの前方後円墳で、5世紀末から6世紀にかけて築造と考えられている。埋葬施設は確認されていない。  
おかん塚古墳 松尾上溝2806 他 推定墳丘50mの前方後円墳で、6世紀後半の築造と考えられている。前方部と後円部の両方に石室があったが、現在は後円部のみ残されており、横穴式石室は内部が広い巨石積みで、近畿地方の石室に類似する。  
上溝天神塚古墳 松尾上溝3384 他 推定墳丘41.5mの前方後円墳で、6世紀中頃の築造と考えられている。無袖式とよばれる細長い形状の横穴式石室が後円部に残る。  
姫塚古墳 松尾上溝3366-1 他 墳丘長40mの前方後円墳で、6世紀前半の築造と考えられている。埋葬施設は横穴式石室で、内部に朱彩が残っている。  
水佐代獅子塚古墳 松尾水城3458 他 墳丘長60mの前方後円墳で、5世紀後半の築造と考えられている。埋葬施設は不明である。  
大塚古墳 桐林2024 他 推定墳丘長53mの前方後円墳で、5世紀後半の築造と考えられている。埋葬施設は竪穴式石室と推定されている。  
塚原二子塚古墳 桐林3046-1 他 墳丘長73mの前方後円墳で、5世紀末の築造と考えられている。埋葬施設は竪穴式石室と推定されている。本古墳を中心に、大小16基の古墳が存在したとされ、塚原古墳群と呼ばれている。  
鏡塚古墳 桐林2886-1 墳丘長45mの帆立貝形古墳で、5世紀後半の築造と考えられている。埋葬施設は竪穴式石室と推定されている。  
鎧塚古墳 桐林2875-1 他 墳丘長40mの帆立貝形古墳で、5世紀後半の築造と考えられており、埋葬施設は竪穴式石室と推定されている。  
馬背塚古墳 上川路284 他 推定墳丘長50m以上の前方後円墳で、6世紀末の築造と考えられている。前方部と後円部にそれぞれ形状の異なる横穴式石室がある。西側の石室は細長い形状で東海地方の石室と、東側の石室はおかん塚と同じ形状で、近畿地方の石室と形状が類似する。飯田古墳群の中では、最後に造られた前方後円墳と考えられている。 西側石室一部崩落。
御猿堂古墳 上川路882-1 他 墳丘長65.4mの前方後円墳で、6世紀中頃の築造と考えられている。石室は細長い形状をしており、東海地方の石室と類似点がある。重要文化財「画文帯四仏四獣鏡」が出土した。 石室入口狭し。
名勝
名称 所在地等 概要 見学・備考
天龍峡 川路・龍江 弘化4年(1847)、漢学者阪谷朗蘆によって命名された奇岩断崖からなる狭隘な峡谷で、両岸のアカマツ林、サクラ、サツキ、カエデ等の草木と共に四季折々の峡谷美をなす。 遊歩道もありますが、舟下りにて観賞するのがおすすめです。
特別天然記念物
名称 所在地等 概要 見学・備考
ライチョウ 地域を定めず (赤石山脈) キジ科の鳥で、赤石山脈(南アルプス)のハイマツ帯に生息する。赤石山脈は世界的に分布の南限にあたり、近年絶滅が危ぶまれる。  
カモシカ 地域を定めず 日本に住む唯一の野生ウシ科動物で、日本固有種である。東日本の山地帯から高山帯に生息する。 飯田市立動物園で飼育しています。
天然記念物
名称 所在地等 概要 見学等
柴犬 地域を定めず 天然記念物に指定されている日本古来の犬種6種のうち唯一の小型犬で、日本犬の代表的犬種である。  
イヌワシ 地域を定めず 日本最大級の猛禽類で近畿地方以北の山岳地帯で繁殖している。当市では赤石山脈においての確認例がある。  
ヤマネ 地域を定めず (標高500~1800mの山地) 体長約7cmのネズミに似た小動物。げっ歯目ヤマネ科に属する一属一種の日本特産種で世界的にも珍しい。市内では、野底山、伊那山脈及び遠山地区山間部での確認例がある。  

 重要美術品(旧法)

重要美術品
名称 所在地等 概要 見学・備考
高山彦九郎日記 飯田市美術博物館 幕末の志士高山彦九郎が安永7年(1778)3月18日より6月24日までの100日間を綴った日記である。江戸時代の世相を知ることができる。 非公開
後奈良天皇宸翰女房奉書 下久堅南原1142 文永寺 女房奉書とは天皇の考えを女官が独自の字配り「女消息体」で書いたもので、太元修法を行なうよう書かれている。紙本墨書。 非公開
後奈良天皇宸翰御懐紙 宸翰とは天皇自筆のこと。天皇の和歌で文永寺宗然が宮中で太元帥修法を修めた際に与えられたと伝わる。紙本墨書詠春色浮水和歌。
正親町天皇宸翰女房奉書 文永寺の本山京都理性院の国家鎮護と国土豊穣の祈祷を褒めたもの。紙本墨書太元八譬像。
木造十一面観音立像 立石140 立石寺 高さ1.05mの一木造りの像で、平安時代の古い様式を残している。 非公開
木造薬師如来座像 久米311 光明寺 像の高さ85cmで、保延6年(1140)3月3日の墨書がある。 非公開
鐘楼 上川路1000 開善寺 瓦葺、入母屋造りで、室町時代の作といわれている。 外観のみ、所有者へ声をかけて下さい。
門(旧飯田城八間門) 松尾久井 2595-1 桁行5間、梁行4間、2階建、切妻造、桟瓦葺の三間一戸櫓門。文禄年間(1592~1596)に建立された現存する飯田城最古の建築で、廃城に伴い現在の場所へ移築された。 所有者へ声をかけて下さい。
経蔵寺山門 上郷別府1768 経蔵寺 飯田城桜丸にあった桃山時代創建の薬医門で、宝暦年間(1751~1764)に現在の赤門が建てられるに際して移築した。 所有者へ声をかけて下さい。

長野県指定等文化財

長野県宝(県有形文化財)民俗文化財県史跡 / 県天然記念物

有形文化財

長野県宝(県有形文化財)
名称 所在地等 概要 見学・備考
旧座光寺麻績学校校舎 座光寺2535 木造2階建、一部3階建、入母屋造、桟瓦葺。明治6年(1873)の建築で、1階は歌舞伎舞台となっている。学校建築としては県下最古で、間口10間の舞台は県下最大である。 公開、申し出必要
梵鐘 下久堅南原1142 文永寺 弘安2年(1279)の銘を持つ類似型の鐘が小海町にあり、それに近い鎌倉時代後期の頃、文永寺創建当時の製作と推定される。  
眉庇付冑 飯田市美術博物館 松尾の妙前大塚古墳より出土した古墳時代の冑で、地金銅装で総高32cm、鉢は下底で直径20.2cm、短径18.8cm、高さ13cmである。 入館料
下伊那出土の富本銭、和同開珎銀銭 天武天皇12年(683)鋳造の我が国最古の貨幣である富本銭と和銅元年(708)鋳造された和同銀銭で、当地方が大和朝廷との深い関係にあったことを示す貴重な資料である。
木造十一面観音立像 立石140 立石寺 高さ1.05mの一木造りの像で、平安時代の古い様式を残している。立石寺の秘仏本尊となっている。 非公開
木造大鑑禅師坐像 上川路1000 開善寺 禅僧清拙正澄の坐像で、高さ72cmヒノキの寄せ木造りで、表面の文様などから鎌倉・南北朝時代の作と推定される。 非公開
阿弥陀如来坐像 箕瀬町1丁目2464-1 柏心寺 像高51.8cmの木造漆箔の像で、鎌倉時代前半期の作とされる。運慶・快慶の流派である慶派仏師の作風の影響を受けている。 所有者へ申し出て下さい。
平沢文書 飯田市歴史研究所 戦国時代から江戸時代にかけて下久堅北原の庄屋平沢家に代々伝わった古文書で、村人の生活の様子や行政担当者の資料が一括で残っている。 非公開
絹本著色菊慈童 飯田市美術博物館 明治33年(1900)菱田春草26才の作で、日本画の革新を目指した朦朧体画風の代表作である。日本美術院の絵画共進会に出品した大作である。 展示予定は美術博物館へお問合せ下さい。
信濃国飯田城絵図 仲ノ町303-1 下伊那教育会 江戸時代初期脇坂氏藩主時代の飯田城ならびに城下町の姿を描いた飯田城最古の絵図。堀氏に引き継がれると武家屋敷の配置に使用し、その際の付箋が残る。 非公開

民俗文化財

長野県選択無形民俗文化財
名称 所在地等 概要 見学・備考
今田人形 龍江 三人遣いの人形浄瑠璃で、宝永元年(1704)より伝わるとされる。 10月第3日曜日土曜奉納上演
黒田人形 上郷黒田 三人遣いの人形浄瑠璃で、元禄年間(1688~1704)より伝わるといわれる。人形の操法に手と呼ばれる古い型を伝える。 4月第2日曜日土曜奉納上演
味の文化財 味の文化財 県内一円 長野県における伝統的な食文化の代表事例であり、市内では下記の事例が該当する。  
御幣餅   き立てのうるち米を潰して串に刺して、ミソあるいはしょう油とクルミ・ゴマなどのタレをつけて焼いた食べ物。 市内各所で販売
野沢菜漬け   野沢菜は信州を代表する漬物。  
焼き餅 上村他 そば粉などを捏ね、餡として季節の野菜やサンマなどを入れ、乾かした後に囲炉裏の灰の中に入れて焼いたもの。遠山ではソバ団子と呼ばれる。  
手打ちソバ 上村・南信濃他 ソバを麺にしてつけ汁にして食べる、いわゆる切り蕎麦のこと。  
飯田市伊豆木の鯖鮨 伊豆木 10月7日の八幡宮祭典に奉納される姿鮨と家庭で食べられるチラシ鮨がある。伊豆木小笠原初代長巨が上方に出陣した際の兵糧食といわれる。  
南信州の柚餅子 南信濃他 味噌・米粉・うどん粉・砂糖・クルミなどをまぜ、柚子の実の汁を加えて蒸した菓子である。  
木曽の朴葉巻・下伊那南部の朴葉餅 上村他 米の粉を捏ねた皮で小豆の餡を包み、朴の葉でくるんで蒸し上げたもの。  
遠山郷の二度芋の味噌田楽 上村・南信濃 二度芋はじゃがいもの在来種で、甘味があり、煮物などに使っても煮崩れしない。これを味噌田楽にして炭火であぶった郷土食である。  

記念物(史跡・名勝・天然記念物)

長野県史跡
名称 所在地等 概要 見学・備考
代田山狐塚古墳 松尾代田1403-71 全長42m前方後方墳で、4世紀代の築造と考えられる。ヤマト政権より一足早くに東海地方勢力の影響があったことが示唆される。 遊歩道あり
御猿堂古墳 上川路884‐2他 墳丘長65.4mの前方後円墳で、6世紀中頃の築造と考えられている。石室は細長い形状をしており、東海地方の石室との類似点がある。主要部は史跡「飯田古墳群」に指定されており、一部が県史跡となっている。 所有者・近隣へ配慮して下さい。
鈴岡城跡 駄科1729他 段丘突端の平山城。室町時代、信濃小笠原氏は家督を巡り一族内で争った。鈴岡城はその一派が拠った城で、松尾城主などと対立した。 公園
松尾城跡 松尾代田1006他 段丘突端の平山城。室町時代、信濃守護職松尾小笠原氏の本拠地として信濃・伊那の中心であった。 公園
南本城城跡 座光寺1849他 大規模で複雑な縄張の山城。保存状態が大変良い。史料はないが、座光寺氏の他、戦国大名の関与が考えられる。 遊歩道あり
座光寺の石川除 座光寺6710-2 他 文政11年~天保2年(1828~1831)に、天竜川と南大島川の合流点に築かれた石積みの堤防で、治水利水の様子をよく伝えている。  
長野県天然記念物
名称 所在地等 概要 見学・備考
ホンシュウモモンガ 地域を定めず 日本特産のリス科の小動物で、本州・四国・九州に分布し、市内の山間部に広く分布していたが、近年激減している。  
ホンドオコジョ 地域を定めず(赤石山脈) イタチ科の小動物で、中部地方以北の山岳地帯に生息し、伊那谷では木曽・赤石山脈の主として亜高山帯以上の地域に生息する。  
ブッポウソウ 地域を定めず(南信濃) ブッポウソウ科の鳥で、東南アジア地域から、夏鳥として渡来する。飯田市では遠山谷で確認されている。  
モリアオガエルの繁殖地 上郷黒田3481 野底山池の平 日本固有種のアオガエル科の繁殖地。カエルの仲間では唯一樹上に産卵し、5月から7月にかけて泡状の卵塊を池の上の枝に産みつける。 林道入口は施錠、申し出必要
ベニヒカゲ 地域を定めず(赤石山脈・木曽山脈) ジャノメチョウ科の高山蝶で、市内では木曽山脈、赤石山脈で確認される。  
クモマベニヒカゲ ベニヒカゲと近縁の高山蝶で、木曽・赤石山脈では主としてダケカンバ帯の林間の草地などに生息している。  
クモマツマキチョウ 地域を定めず(赤石山脈) シロチョウ科の高山蝶で、中部山岳地域に生息し、赤石山脈では中腹の沢沿いに分布する。  
ミヤマシロチョウ シロチョウ科の高山蝶で、亜高山帯に生息し、伊那谷では赤石山脈の中腹に広く分布するが、絶滅が危ぶまれる。  
オオイチモンジ タテハチョウ科の高山蝶で、本州中部と北海道に分布するが、本州では局所的で、赤石山脈にもわずかに記録がある。現在の生息状況は不明である。  
山本のハナノキ 山本6771 カエデ科、雌雄異株の日本固有種で、生存環境が限られる。本件は分布北限に位置する樹高23m、胸高周囲4.8mある大木である。  
長姫のエドヒガン 追手町2丁目655-7 飯田市美術博物館 エドヒガンは他の桜より一足早く咲く。本件は樹高20m、胸高周囲5.4mで、幹が雄々しい。飯田藩家老安富家にちなんで「安富桜」ともよばれる。  
風越山のベニマンサクの自生地 上飯田6999、6998 マンサク科の日本固有種の自生地。標高600m~1400mに群生する。暖地性の植物で分布の東北限にあたる。 登り約2.5時間の登山です。
飯田城桜丸のイスノキ 追手町2丁目678 長野県飯田合同庁舎 伊豆地方以南に自生するマンサク科の常緑高木で、暖地性だが旧飯田城桜丸に残されており、大変に珍しい。  
立石の雄スギ雌スギ 立石502、立石659 地区の中央に約400m離れてそびえる杉の巨木で、胸高周囲は、雄スギ9.8m、雌スギ9.0m。樹高は雄スギ41.6m、雌スギ40.3mにのぼる。 雌杉は個人所有、所有者へ声をかけて下さい。
三石の甌穴群 下久堅知久平688-1、690 川底や川岸の岩盤にできた円形の穴で、往時の天竜川の河蝕作用とその後の地盤隆起等を示す地学上の貴重な資料である。  
遠山川の埋没林と埋没樹 南信濃小道木(遠山川河川区域) 他 奈良時代初期(710年代)に発生した土石流により遠山川が堰き止められ、水中・土砂中に埋もれた原生林とその倒木の包蔵地2区域と、採取された標本樹2本である。 歩道等整備未整備、増水時注意。梨元ていしゃ場等で標本樹見学可。

飯田市指定文化財

市有形文化財(絵画・彫刻等建造物) / 市無形文化財 / 市民俗文化財 / 市史跡 / 市天然記念物

有形文化財

飯田市有形文化財(美術工芸品)
名称 所在地等 概要 見学・備考
絹本著色聖徳太子絵伝 飯田市美術博物館 鎌倉末~南北朝時代の製作で、宮ノ上太子堂に伝来した。損傷は大きいが聖徳太子絵伝の古様を示している。 非公開
絹本著色阿弥陀如来像 室町時代の作とされ、当地方の現存最古例で、全国でも古い作品である。立石の雌杉の下にあった杉の堂に伝来し、その跡地の個人宅に保管された。
信州伊奈郡之絵図 江戸時代初期正保年間に、江戸幕府が諸国に提出を命じた郡の絵図の副本とみられる。上・下伊那郡の様子を描いた最古で詳細な絵図として貴重。
菱田春草筆「鎌倉時代闘牛の図」 飯田市美術博物館 東京美術学校時代の作品で、大和絵の伝統を学びながら、写実性があらわれ学習の成果が見える。現存する春草作品では最も早い出品受賞作である。 展示予定は美術博物館へお問合せ下さい。
菱田春草筆「武具の図」 東京美術学校時代の作品で、大和絵の伝統を学びながら、写実性があらわれ学習の成果が見える。春草会が最も早くに所蔵した春草作品である。
菱田春草の「白き猫」 春草27才の作品で、明治34年(1901)、の帰郷後に東京へ戻り、1ヶ月後に完成させて春草が母校へ寄贈した。
菱田春草筆「霊昭女」 飯田市美術博物館 日本美術院の第16回絵画互評会で二等を受賞した作品で、重文「王昭君」と共通する表現が随所に見られる。 展示予定は美術博物館へお問合せ下さい。
菱田春草筆「鹿」 第10回日本美術院連合絵画共進会で銀章となった作品で、写実性に主眼を置く朦朧体後期の画風をよく示す。
菱田春草筆「夕の森」 滞米期に描かれたことが明確な作品で、春草の米欧遊学期の作風をよく示し、この時期を代表する。
菱田春草筆「夜桜」 飯田市美術博物館 美術博物館開館にあわせて、菱田家から飯田市へ寄贈された作品で、滞米期の作品と伝えられている。 展示予定は美術博物館へお問合せ下さい。
菱田春草筆「帰樵」 米欧から帰国後間もなくして描かれた作品で、朦朧体の空間性と鮮やかな色彩が両立し、朦朧体研究の成果が表れる。
菱田春草筆「富嶽」 欧米遊学後に描かれた作品で、朦朧体の画風が窺えるが色彩の混濁はみられず、朦朧体批判を受け、色彩研究に邁進していた時期の成果が良く表れている。
菱田春草筆「春秋」 飯田市美術博物館 装飾性のある作風が結実し、春草が高い評価を得た時期の作品で、重文「黒き猫」の作風に通ずる。 展示予定は美術博物館へお問合せ下さい。
菱田春草筆「雨中美人」(未完成) 菱田春草が亡くなる前年の明治43年(1910)、第4回文部省美術展覧会出品のため制作を始めたものの、未完成に終わった作品。未完成だが、下絵や色の塗り方など、作品制作の様子を見ることのできる資料として、近代美術史的にも貴重な資料である。
菱田春草書簡 菱田家宛 下伊那教育会所蔵の書簡で、春草が父や兄など親族に宛てたものであり、春草研究に欠かせない資料である。
法全寺の梵鐘 千代3268 法全禅寺 永亨11年(1439)に鋳造されたもので室町時代の特徴をよく示している。 所有者へ声をかけて下さい。
立石寺の梵鐘 立石140 立石寺 室町時代の嘉吉3年(1446)に鋳造されたもので、当時の特徴をよく示している。 所有者へ声をかけて下さい。
定継寺の雲板 龍江2372 定継寺 雲板とは、禅宗寺院で食事や起床の合図に叩かれる梵音具をいう。本件は永享2年(1430)の陰刻があり、室町時代の特徴を示している。 所有者へ声をかけて下さい。
尾林古窯の狛犬 飯田市美術博物館 慶長14年(1609)作の銘がある。高さ15cmの陶製で、県内最古の近世陶器である。 入館料
龍江大平薬師如来立像 龍江7533-1 像高61.5cmの一木造で、平安時代の制作とみられ、飯田下伊那でも最古級の仏像の一つとして重要である。所有者一族が代々伝えてきた。

格子越しに見学可能。屋内での見学は飯田市教育委員会まで。

釈迦涅槃像 座光寺2638 元善光寺 像長155cmの寄木造りの像で、江戸前期の作と推定される。釈迦入滅の場面を示している。 宝物館入館料
木造天部形立像 立石140  立石寺 像高95.1cm。10世紀後半(平安時代中期)の作とされる。立石寺の秘仏である木造十一面観音立像(長野県宝)と同じ種類の木を材料とする。 非公開
木造阿弥陀如来坐像 丸山町2丁目6728番地 阿弥陀寺 像高43.4cmを測る木造の阿弥陀如来坐像。12世紀後半から13世紀前半(鎌倉時代初期)の作とされる。指先や衣の一部などが後世に補修されている。 非公開
鬼神面 南信濃和田1192 遠山郷土館 和田城 般若面が成立する以前の南北朝から室町初期の作と推定され、県内屈指の古面として貴重である。南信濃木沢青龍寺所蔵。 入館料
鬼神面 鎌倉時代から南北朝時代の作と推定され、県内最古の古面として貴重である。南信濃木沢八幡神社所蔵。
鳩ヶ嶺八幡宮獅子頭 飯田市美術博物館 檜製の古式の獅子頭で、高さより奥行きが長く扁平な箱形をしており、室町時代初期の特徴を示す。 入館料
鬼神面 鎌倉時代から桃山時代の作とみられ、八幡宮に付属した神宮寺に関わりがある。鳩ヶ嶺八幡宮所蔵。
菩薩面 鳩ヶ嶺八幡宮所蔵の面で、室町時代の作と考えられる。神宮寺に所属し、行道面として使用された。
竜丘児童自由画及び関連資料 桐林336(竜丘小学校自由画考古室) 明治後半から大正にかけて進められた長野県の教育界による自由教育運動や、山本鼎の児童自由画運動の提唱を契機に、竜丘小学校の図画教師であった木下茂男(雅号:紫水)が実践した自由画教育を伝える児童の絵。 竜丘公民館(Tel0265-26-9303)へお問い合わせください。
木炭棺(黒田垣外遺跡出土) 飯田市考古博物館 弥生時代後期の方形周溝墓の遺骸埋葬施設である。板状の炭化材で囲む構造になっている。 入館料
溝口の塚古墳出土品 竪穴式石室および墳丘、周溝から出土した武具類、玉類、埴輪、土器などで、甲冑は埋葬者と大和政権との関係性を示している。 当課までお問合せ下さい
宮垣外遺跡 土坑64出土品 宮垣外遺跡から出土した馬具類で、古墳時代に馬の飼育・生産を通して、大和政権と密接につながっていたことを示している。
飯田古墳群馬匹関連遺物 飯田古墳群から出土した轡、杏葉等の馬具類。飯田地域の馬匹文化の受容の実態を示している。
恒川遺跡群出土品

飯田市考古博物館・飯田市美術博物館

古代伊那郡衙の存在を示す恒川遺跡群の出土遺物110点。「厨」墨書土器や数多くの陶硯、瓦類がある。
上黒田の五輪塔 上郷黒田3445-1 高さ128cm、最大幅49cmの大型の五輪塔であり、石材は花崗岩で梵字は刻まれていない。南北朝末期から室町前期のものと考えられる。  
千代(米川)の板碑 飯田市美術博物館 飯田市内では文永寺の石室・五輪塔に次いで古い永仁2年(1294)の記年銘を持つ石造物で、鎌倉時代中期の武蔵型板碑の特徴をよく示している。 入館料
中村八幡社の石造狛犬一対 中村1800-1 制作年が判明する石造狛犬としては、市内最古の例である。前足が短く、全身が低く屈む姿勢で、江戸時代前期の石造狛犬の特徴を示している。延宝6年(1678)制作。 拝殿越しの見学になります。
飯田市有形文化財(建造物)
名称 所在地等 概要 見学・備考
旧飯田城の八間門 松尾久井2595-1 桁行5間、梁行4間、2階建、切妻造、桟瓦葺の、三間一戸櫓門。文禄年間(1592~1596)に建立された現存する飯田城最古の建築で、飯田城廃城に伴い現在の場所に移築された。 所有者へ声をかけて下さい。
経蔵寺山門 上郷別府1768 経蔵寺 飯田城桜丸にあった安土桃山時代創建の薬医門で、宝暦年間に現在の赤門が建てられるに際して移築した。  
鳩ヶ嶺八幡宮本殿 八幡町1999 鳩ヶ嶺八幡宮 木造三間社流造で、飯田城主脇坂氏によって、江戸時代前期の寛文2年(1662)頃に建立された。 外観の一部み
柏心寺山門 箕瀬町1-2464-1 柏心寺 一間四脚門、切妻造、桟瓦葺、寛文10年(1670)以前の江戸前期の建立で、装飾などに桃山様式が残されている。  
阿弥陀寺の千体仏観音堂 丸山町2丁目6728 阿弥陀寺 方2間の宝形造瓦葺、寛文12年(1672)飯田城主脇坂安政の建立とみられ、江戸前期の古い様式が残る。 外観のみ
神之峰久堅神社境内天神社本殿 上久堅8167-1 久堅神社 享保16年(1731)建造、小規模な一間社流造、こけら葺の社殿で、県内でも例の少ない個性の強い建築である。  
白山社奥社幣殿・拝殿、随身門 上飯田(風越山山頂付近) 拝殿は本殿重文の正面に続き屋根の一部は向拝とつながり、向拝は本殿の扉などに描かれた絵を保護している。随身門も含めて江戸中期に建てられたものとみられる。 登山、標高1490m付近、外観のみ
白山社里宮拝殿「旧護摩堂」 滝の沢6684 白山社 享保18年(1733)に建てられた白山寺の護摩堂で、廃仏毀釈での破壊を白山社の拝殿として免れた。 外観のみ
運松寺鐘楼門 鼎名古熊1910-1 運松寺 享保20年(1735)建立された市内最古の鐘楼門で、18世紀の簡素な建築様式をよく示している。 所有者へ声をかけて下さい。
鳩ヶ嶺八幡宮随神門 八幡町1999 鳩ヶ嶺八幡宮 彩色された八脚門で、意匠的に優秀で大工の技術も高く、江戸時代中期の様式をよく示している。  
飯田城桜丸御門(通称赤門) 追手町2丁目678 長野県飯田合同庁舎 飯田城桜丸の入口に現存する、正面3間、側面3間の入母屋造りの門で、ベンガラ塗りのため赤門と呼ばれる。宝暦4年(1754)の建立である。  
旧飯田城の桜丸西門(雲彩寺山門) 上郷飯沼3335 雲彩寺 桜丸現県合同庁舎の西側の門とされる薬医門で、18世紀前半の建立と推定される。大正10年頃雲彩寺に寄進された。 所有者へ声をかけて下さい。
梁木島番所跡 南信濃八重河内800 満島番所とともに秋葉街道に置かれた関所で、慶長19年(1614)遠山景直が一族を置いたことに始まり、天明7年(1787)に現在地に移転した。 事前に遠山郷観光協会へお問合せ下さい。
耕雲寺の羅漢門 座光寺1708 耕雲寺 寛政7年(1795)建立、上層が高い二重門で、入母屋造、桟瓦葺き、当地域では珍しい竜宮門形式で、上層の組物や彫刻の意匠も優れている。  
旧飯田藩馬場調練場の門通称 脇坂門 馬場町3丁目411-1 旧飯田藩馬場調練場にあったとされる寛政期頃の門で、明治2年に追手町、平成25年に現在地に移転した。  
毛賀諏訪神社本殿 毛賀885 毛賀諏訪神社 一間社流造、銅板葺元こけら葺で、木割りや彫刻に立川流の作風がみられる。文化12年(1815)建立された。 覆屋に覆われています。
白山社随身門 滝の沢6684 白山社 高さ11m、奥行き4m、間口7mの唐破風三間楼門造り、文政11年(1828)の建造で、多様で絢爛な彫刻が施されている。総欅造り。  
福島家住宅 本町4丁目53 江戸後期築造の飯田藩士の住居で、門・塀・主屋が揃って現地に残る唯一の武士住宅遺構である。 非公開
長石寺本堂 時又329 長石寺 方3間、入母屋造、桟瓦葺。明治3年(1870)の再建で、立川流の直系が請負った最後の大規模建築といわれる。 所有者へ声をかけて下さい。
伊豆木天満宮神楽殿 伊豆木619-2 伊豆木天満宮 明治11年(1879)再建された、間口6間、奥行3間半、屋根は切妻造、桟瓦葺の人形舞台と歌舞伎舞台の併用舞台。 外観のみ
旧瀧澤医院 虎岩734-1 明治28年(1895)竣工の木造2階建擬洋風の病院建築で、明治期の病院建築で現存するものは少なく、全国的にも貴重な建造物である。 外観一部のみ

 無形文化財

飯田市無形文化財
名称 所在地等 概要 見学・備考
大名行列 本町3丁目 大宮神社の式年祭に演じられ、江戸時代の大名行列の所作をよく伝承している。 お練まつり(寅・申年の3月下旬)
今田人形芝居 龍江 三人遣いの人形浄瑠璃で、宝永元年(1704)より伝わるとされる。 10月第3日曜日奉納上演
黒田人形芝居 上郷黒田 三人遣いの人形浄瑠璃で、元禄年間(1688~1704)より伝わるといわれる。人形の操法に手と呼ばれる古い型を伝える。 4月第2日曜日奉納上演

民俗文化財

飯田市民俗文化財(有形)
名称 所在地等 概要 見学・備考
操人形「老女形の首」 上郷黒田2344‐2 黒田人形浄瑠璃伝承館 保存会 元文2年(1737)作で、製作年の判明する操人形首としては国内最古のものである。 保存会へお問合せ下さい。
立石寺立石柿絵馬 立石140 立石寺 江戸時代後期に立石寺へ奉納された絵馬。当時特産品だった立石柿や天竜川の水運を物語る。 所有者へ声をかけて下さい。
飯田市民俗文化財(無形)
名称 所在地等 概要 見学・備考
ことの神送り 上村上町 2月8日前後の日曜に行われる。禰宜や村人が太鼓や鉦の囃子に合わせて謡い、悪疫を村から外に追い出す。 上村自治振興センターへお問合せ下さい。
御祝棒 前年に結婚した夫婦の家へ子どもたちが訪れ、子孫繁栄・五穀豊穣を願い、男性を象った棒で縁側を叩いて祝う。
正調「絵島」 江戸で流行した絵島節が、高遠から伝えられ、秋葉街道の宿々で唄い継がれたが、現在では上村にのみ盆踊り唄として残る。 実施未定
下栗掛踊り 上村下栗 8月15日の午後に行なわれる、はやしと唄にあわせて踊る雨乞い踊りで、400年ほど前から伝わるといわれている。 神事につきマナーを守って見学して下さい。
中郷獅子舞 上村中郷 悪疫・飢饉・その他の災害を逃れ、その年の安泰を祈願するために、獅子の太神楽舞を氏神様に奉納する。 実施未定
此田神楽 南信濃八重河内 八重河内の此田地区に伝わる雌獅子一頭による獅子神楽で、笛と太鼓の囃子に合わせて舞う。 1月2日、遠山郷観光協会へお問合せ下さい。
天竜川の舟下り 松尾・龍江 日本における観光川下り舟の草分けの一つであり、操船・造船技術に地域的な特徴が認められ、その技術が継承されている。

松尾:南信州リゾート株式会社

龍江:天龍ライン遊船有限会社

 記念物

飯田市史跡
名称 所在地等 概要 見学・備考
水城の水佐代獅子塚古墳 松尾水城3457 他 墳丘長60mの前方後円墳で、5世紀後半の築造と考えられている。埋葬施設は不明である。主要部は史跡「飯田古墳群」に指定されており、一部が飯田市史跡となる。 所有者・近隣へご配慮下さい。
畦地1号古墳 座光寺3296-4 南北方向19.8m・高さ5.5 mの円墳で、6世紀前半の築造。横穴式石室や出土遺物から朝鮮半島からの影響が考えられる。
神の峰城跡 上久堅8166-3 他 旧族知久氏の居城で、峻嶮な山城である。天文23年(1554)に武田氏の下伊那侵攻により落城した。
知久平城跡 下久堅知久平714-2 他 神の峰に移る前の知久氏居城の平山城。天正十年代に徳川家臣菅沼氏が普請し、その縄張が反映されている。
遠山土佐守一族墓碑 南信濃和田1198 龍淵寺 龍淵寺境内にある遠山一族の墓所で、土佐守景直とその子加兵衛景重の墓碑がある。  
日樹上人墓 羽場権現1190-9 元山白山神社境内 五輪石塔で、寛永20年(1643)の日樹上人13回忌に仰円院日利により建立された。  
飯田藩主堀家の墓所 諏訪町4166 長久寺 飯田藩6代藩主堀親蔵、9代親民、11代親義3基の笠塔婆のほか、藩主の妻や一族の墓がある。  
白隠石 山本竹佐345-1 宝暦7年(1757)に白隠禅師が73歳で当地方を訪れた際に、山本地区の村人の要請により自然石に揮毫された立派なもの。  
下茶屋の道標 鼎下茶屋994-6 宝暦10年(1760)に設置。遠州街道と伊久間街道の分岐点で秋葉街道の方向を示している。  
八幡の道標 松尾八幡町1971-1 宝暦10年(1760)に設置。下条街道と秋葉街道の分岐点である鳩ヶ嶺八幡宮前に位置する。  
青崩峠 南信濃八重河内 信濃と遠江の国境にある峠で、秋葉街道の往時の姿をとどめる。 軽登山となります。
風越山白山社奥社境内地 上飯田(風越山山頂付近) 風越山は古来より信仰の対象で、山頂付近約1490mに建立された白山社奥社と参道周辺には神仏習合の石造物等が点在している。 登山、海抜1490m
観耕亭碑 追手町2丁目641 長姫神社境内 石碑の撰文は安積信、書は高橋豊桂が担当し、安政6年(1859)に建てられた。飯田藩主の徳を讃えるもので、内容・筆跡ともに優れている。  
飯田市天然記念物
名称 所在地等 概要 見学・備考
羽場の大柊 羽場町3丁目18-6 モクセイ科の常緑広葉樹で、本件は胸高周囲3.4m、中央自動車道建設に伴い昭和45年4月10日に現在の位置に移植された。 所有者へ声をかけて下さい。
龍江大屋敷のイワテヤマナシ 龍江9637-1 東北地方原産の北方種で、南限として貴重なものである。胸高周囲2.6m、樹高15mにおよぶ。
正永寺原の公孫樹 正永町2-1499-3 中国が原産で、薬用として伝来したとされる。本件は胸高周囲6.1m、樹高30mので、かつての正永寺境内にある。
愛宕神社の清秀桜 愛宕町2781 愛宕神社 清秀法印が仁治年間鎌倉時代に手植したとされる。胸高周囲6.5m、樹高約10 mの紅彼岸桜で、当地方で最古と考えられる。  
鳥屋同志のカヤの木 大瀬木3777-1 旭ケ丘中学校 イチイ科の常緑針葉樹で、種子は食用になる。本件は旭ヶ丘中学校敷地内にあり、胸高周囲4.0m、樹高20mの巨木である。 学校へ声をかけて下さい。
鼎一色の大杉 鼎一色15 一色諏訪神社 スギ科の日本固有種で、本件は一色神社の社叢中にあり、胸高周囲約4.9m、樹高40mの大木である。  
遠山土佐守一族墓碑裏方杉の木 南信濃和田1198 龍淵寺 龍淵寺境内にある遠山一族の墓所裏手にある杉の老木である。4本の巨木が並んでそびえている。樹高約50m。  
阿弥陀寺のシダレザクラ 丸山町2丁目6728 阿弥陀寺 枝垂れ桜は、枝が柔らかく垂れるサクラの総称。本件は千体仏観音堂前面にあり、胸高周囲4.2m、樹高11mで、樹勢・樹形とも良好な古木である。  
千代のアベマキ 千代1252-2 ブナ科のクヌギに似た落葉広葉樹で、本件は胸高周囲3.9m、樹高約16.0mで、本樹種としては巨木である。  
嵯峨坂ざぜん草自生地 虎岩 サトイモ科の多年草で、湿地を好み早春に花をつける。本件は市内最大の自生地で、500株余りが自生する。 3月中旬~下旬開花、遊歩道からご覧下さい。
万古の栃の木 千代(法全寺万古) トチノキ科の落葉高木で、樹高25m、胸高周囲8.7mで、栃の木としては当地方屈指の巨木である。 登山、林道より15分下る。
水佐代獅子塚のエドヒガン 松尾水城3457 胸高周囲5.0m、樹高約17mで、市史跡水佐代獅子塚古墳墳丘上にあり、「おたちふの桜」とも呼ばれる。 近隣へご配慮下さい。
黄梅院の紅しだれ桜 江戸町3丁目251 黄梅院 胸高周囲5.5m、樹高約18mで、紅色の濃い花に特徴がある。
毛賀くよとのシダレザクラ 毛賀685 胸高周囲3.8m、樹高約15mで、その名称は供養塔からの転訛と考えられる。
浅間塚の一本杉 上郷黒田4233 胸高周囲4.2m、樹高約22mで、表日本型の杉樹形の特徴を示している。  
立石寺前のシダレザクラ 立石97-5 胸高周囲3.5m、樹高8mの老木ではあるが、春先には美しい花をつける。  
風折のエノキ 上村 風折 ニレ科の落葉高木で、胸高周囲5.6mと市内では巨樹であり、岩上に生えているため根が板状に発達している。  
丸山の早生赤梨 滝の沢6994 推定樹齢約120年で、梨の栽培樹としては伊那谷で最も古く、飯田下伊那の梨栽培の原点となった梨の木である。 所有者へ声をかけて下さい。
麻績の里舞台桜 座光寺2535 樹高12m、幹周4mのエドヒガンの枝変りの枝垂桜で、花弁数が不安定で5から10枚の変異がある。  
風越山山頂のブナ林・ミズナラ・イワウチワ等の自生地及び花崗岩露頭 上飯田(風越山山頂) 風越山頂に残るブナ林とミズナラの混生林で、植林が進み市内でもブナ林は少ない他、イワウチワ等希少種の自生地であり、また花崗岩の巨石が造る風穴がある。 登山、標高1530m
ギフチョウ(卵、幼虫、さなぎ、成虫) 飯田市全域 アゲハチョウ科の日本固有種で、桜の咲く頃に出現する。幼虫はヒメカンアオイ・ウスバサイシンを食す。市内生息のギフチョウは翅紋の黒帯が広いという形態的な特徴がある。 4月中旬~5月に飛翔が見られる
中央構造線程野露頭 上村程野 中央構造線の露頭で、水平・垂直方向のズレを観察することができる。破砕帯の状況は活断層であることを示している。  
中郷流宮岩 上村中郷 御池山付近から崩落してきた巨大な岩塊で、褶曲構造をはっきり見ることができる。2億年以上前に遠洋で堆積した地層が、3000m級の赤石山脈に成長する過程を身近に観察することができる。  

参考サイト・図書


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指定文化財の管理・手続き等
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