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上溝天神塚古墳 (飯田古墳群)

ページID:0050097 印刷用ページを表示する 掲載日:2022年5月27日更新

上溝天神塚古墳(あげみぞてんじんづかこふん)

区 分:史跡(平成28年10月3日 国指定「飯田古墳群」)

所在地:飯田市松尾上溝3384 他

所有者:天神社 他

時 代:古墳時代(6世紀中頃)

構 造:前方後円墳

規模等:

測量図 墳丘測量図(水色線は墳丘推定線・破線は周溝推定線)

 墳丘;全長41.5m (後円部径22.5m 前方部幅31.0m)・主軸N78°E(※1)

 ○埋葬施設;横穴式石室(※2) 全長10.8m 〈玄室(※3)長7.7m 幅奥から2.4~2.7~2.5m 高さ奥から3.0~2.6m、羨道(※3)長3.0m 幅1.8m 高さ2.2m〉・主軸N18°E

  • ※1 遺構の中心線が、北(North)から78度東(East)へ傾いているという意味です。西へ傾く時はW(West)を用います。
  • ※2 横穴式石室:古墳時代の石室には、縦方向に掘られ、蓋(ふた)をした竪穴式石室と、横穴を設けて出入り口とした横穴式石室があります。5世紀代は竪穴式石室、6世紀以降は横穴式石室が用いられました。竪穴式石室が個人を埋葬したのに対し、横穴式石室は入口を開ければ数代にわたり埋葬できます。
  • ※3 玄室・羨道:石室のうち遺体を安置する空間を玄室(げんしつ)といい、玄室へ通ずる通路を羨道(せんどう・えんどう)といいます。

概 要:

前方部は削平されており、後円部と埋葬施設が残ります。横穴式石室は、玄室と羨道部が不明瞭で細長い造りをしており、東海地方との関連が指摘されています。

げんしつ 玄室

無袖式(むそでしき ※4)の石室ですが、天井石は段差を設けており、玄室と羨道を意識した様子がうかがえます。

  • ※4 袖:玄室と羨道の境が明瞭で、肩のように突き出ている部分を袖といい、無袖式、両袖式、片袖式の分類があります。

入口

石室入口は天神社の裏手にあります。

ふんきゅう 墳丘(後円部) 

墳丘は前方部は削平されて後円部が残ります。隣接する地区集会所建設に先立つ発掘調査で、周溝(しゅうこう ※5)の外側を区画する溝が確認されています。

  • ※5 周溝:墳丘の周囲にある溝をいい、区画や墳丘を大き見せる効果、墳丘の土の供給などの役割がありました。

出土遺物

鏡1・鉄鏃10・剣頭?

刀装具(銀装圭頭柄頭(※6)1・鍔(※7)2・責金具(※8)3・鞘尻金具(※9)?1)・鉄鏃多数・馬具(轡(※10)2・引手(※11)1・留金具(※12)20以上・辻金具(※13)・かこ(※14)10以上・鞖金具(※15)2)・帯金具(※16)1・金環(※17)6・玉類多数・土師器(※18)1・須恵器(※19)1 他

鏡他は、かつて出土したと伝えられるもので、詳細は不明です。刀装具以下は石室の清掃を行った際に出土したものです。

  • ※6 銀装圭頭柄頭(ぎんそうけいとうつかがしら):柄頭とは刀の柄の端(グリップエンド)で、山形をした銀製の飾りです。中国の玉器の圭に似ていることから名前が付けられています。

つか

  • ※7 鍔(つば):刀剣の刀身と柄の間に挟んで、手を守る金属製の板です。
  • ※8 責金具(せめかなぐ):刀の鞘(さや)を保護する金具です。
  • ※9 鞘尻金具(さやじりかなぐ):刀の鞘の先端(鞘尻)を保護する金具です。
  • ※10 轡(くつわ):馬の口に咬(か)ませる道具で、手綱(たづな)に繋(つな)いで馬を制御する道具です。

くつわ

  • ※11 引手(ひきて):リードのことです。
  • ※12 留金具(とめかなぐ):革などを留める金具です。
  • ※13 辻金具(つじかなぐ):革紐が交差するところ(辻)で固定する金具です。
  • ※14 かこ:馬に乗る際に足を入れる鐙(あぶみ・ステップ)の上に着ける金具で、鞍(くら・サドル)から伸びる革を留めて、鞍と鐙を繋ぎます。金ヘン+交に具と書きます。
  • ※15 鞖金具(しおでかなぐ):馬の鞍(くら)を固定するために、胸と尻に渡す革紐と固定するための金具です。
  • ※16 帯金具(おびかなぐ):帯(ベルト)を飾る金具です。

かなぐ

  • ※17 金環(きんかん):直径1~3cm程度の金属製の耳飾りで、銅製で金メッキを施したものです。銀メッキを施したものを銀環といいます。
  • ※18 土師器(はじき):古墳時代から平安時代にかけての素焼きの焼き物です。上溝天神塚から出土したものには、暗文と呼ばれる独特の磨きがかけられた8世紀の土器で、この頃まで古墳で祭祀が行われていたことがわかります。

あんもん 土師器腕 内側の放射状の線が暗文

  • ※19 須恵器(すえき):古墳時代に朝鮮半島から伝わった焼き物で、ロクロで形を作り高温の窯で焼いたものです。

上溝(あげみぞ)古墳群

本古墳を含め、3基の前方後円墳と11基の円墳からなる古墳群です。円墳は現在すべて消滅しています。

松尾地区の様相

前方後方墳(※20)である代田山狐塚古墳が4世紀前半に、羽場獅子塚古墳が4世紀中頃に造られていることが、他の地区と大きく様相が異なります。しかし、その後これに続く前方後円墳は造られておらず、飯田古墳群との間には断絶があることは、他地区と同じです。4世紀から5世紀前半にかけては、弥生時代以来の方形周溝墓(※21)が造られ続けています。

5世紀中頃に、物見塚古墳、茶柄山古墳群などが円墳が造られ始め、周辺から馬や馬具、武具が出土しています。その後、5世紀後半から前方後円墳が造られ始め、代田獅子塚古墳、水佐代獅子塚古墳、茶柄山3号古墳が、やや離れた位置に築かれています。

6世紀の前方後円墳は松川右岸の高台に集中しています(上溝古墳群)。6世紀前半に姫塚古墳が、中頃に上溝天神塚古墳が築かれ、後半のおかん塚古墳を最後に前方後円墳は造られなくなりました。円墳も間もなく築かれなくなりましたが、上溝11号古墳の事例からすれば、奈良時代8世紀までは、横穴式石室での追葬(ついそう ※22)が行われていたようです。

松尾地区には、5世紀中頃から馬に関連する集団が登場し、間もなく前方後円墳を造り始めました。石室の特徴からは、6世紀中頃には東海地方との関連がうかがえますが、6世紀後半には畿内との関わりがうかがえます。

  • ※20 前方後方墳:前方後円墳の丸部分を四角に変えた、四角と三角を足したような形の古墳で、古墳時代前期の東日本(東海地方)に多く分布しています。
  • ※21 方形周溝墓:周囲に四角い溝を掘った墓をいいます。弥生時代以来の方形周溝墓は、古墳に比べ盛土の高さが低いことが特徴の一つです。
  • ※22 追葬:一度埋葬した施設へ、後に別の遺体を埋葬することです。横穴式石室は、入口の川原石(閉塞石)を取り外せば追葬が可能です。

書籍等案内:

アクセス・見学・注意事項:

  • 飯田市考古博物館 車7分、徒歩26分
  • JR飯田線「下山村」駅 徒歩9分、「伊那八幡」駅 徒歩10分
  • 信南交通 乗合バス久堅線 「堀割」 徒歩2分
  • 所有者・近隣の方へご配慮をお願いします。
  • 石室は古代の土木技術で造られており、現在の技術で安全が確保されているものではありません。特に地震や大雨の後は状況をよく確認してください。

周辺の古墳:

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