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旧飯田測候所庁舎

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年8月1日更新

旧飯田測候所庁舎(きゅういいだそっこうじょちょうしゃ) 1棟

区 分:登録有形文化財(平成24年8月13日 国登録)

所在地:飯田市馬場町3-411

所有者:飯田市

時 代:大正11年(1922)

構 造:木造平屋建 寄棟造(よせむねづくり ※1) 桟瓦葺(さんがわらぶき ※2)

規 模:建築面積252平米 正面間口10間(けん ※3)半 奥行6間余

※1 寄棟造:四方に傾斜している屋根で、2面の三角形と2面の台形の4面の平面で構成されます。

※2 桟瓦葺:「~」形をした一般的な波形の瓦のことです。

※3 :建物の柱と柱の間のことをいい、1間は約1.82mです。

外観
正面

概 要

(むね ※4)の中央部に塔屋(とうや ※5)をのせ、正面に切妻破風(きりづまはふ ※6・7)と車寄せ(くるまよせ ※8)の切妻屋根を重ね、車寄せの屋根には照り起り(てりむくり ※9)をつけています。

車寄せの持ち送り(※10、切妻破風の表現、軒の持ち送りなどには、セッション様式(※11)が用いられています。

※4 :屋根面が交差して角になった部分をいい、屋根の頂で水平になった部分を大棟といいます。他にも棟の種類はありますが、単に棟というと、一般的には大棟のことをいう場合がほとんどです。

※5 塔屋:建物の屋上から突き出した部分をいいます。

※6 切妻:本を伏せたような三角形の屋根を切妻といいます。

※7 破風:切妻屋根の屋根のない部分、三角形にみえる部分をいいます。

※8 車寄せ:車の乗り降りのためにつけられた、玄関前の屋根付き部分をいいます。

※9 照り起り:屋根の中央がくぼんで反った「照り屋根」と、中央が膨らんだ「起り屋根」を組み合わせた形で、上部が膨らみ下部が反っています。

※10 持ち送り:梁(はり)や庇(ひさし)など、柱や壁から出たものを支える補強材のことで、通常装飾が施されます。

※11 セッション様式:直線と平面を多く用いるのが特徴で、19世紀にウィーンで誕生した建築様式です。

ここに注目!

向かって右側の事務室の上に観測用の測風塔(そくふうとう)が建てられており、これが他の庁舎と異なる測候所のシンボルでした。

この測風塔は、昭和35年に鉄筋コンクリート造の事務室上に新築され、木造の測風塔は撤去され、現在の外観となっています。

県内に残る唯一の大正期の測候所の建物で、我が国の気象観測の歴史を知るうえで貴重な建築です。

竣工

木造の測風塔だった頃の写真(昭和10年か)


旧

鉄筋コンクリートの測風塔に変更後(昭和36年頃)

窓は現在の引き窓と異なり、上げ下げ窓となっています


 見 学

内部の展示室には、気象観測用の機器の展示や測候所の歴史の解説があります。

見学の際は入口で声をかけて下さい。

開 館:午前8時30分~午後5時

休館日:毎週月曜日・年末年始

問合せ:おひさま進歩エネルギー 電話0265-56-3711

旧飯田測候所の歴史

下伊那はかつて全国有数の養蚕(ようさん 桑を育てカイコを飼い絹を生産すること)地でした。

農業、特に養蚕と気象との間に密接な関係があるとして、明治28年(1895)頃から地方測候所の設立を要望しており、明治30年8月に上飯田村東野(現飯田市東野)に県営として発足しました。

大正8年(1919)に伊那電気鉄道の線路が接したことにより、地震観測ができなくなったため、この地に移転しました。

大正11年(1922)12月に竣工、翌年1月1日より観測が開始され、昭和22年(1947)に発生した飯田大火の延焼を免(まぬが)れています。

平成14年5月に市内高羽町へ移転するまで観測が行われ、上下伊那郡及び諏訪郡の観測が飯田測候所に集められ、地域の気象通報が行われました。

敷地内にはソメイヨシノの大木があり、飯田下伊那地方の桜の開花宣言の基準木となっていました。

平成18年に測候所が無人化されると、開花宣言は廃止となっています。

平成25・26年に耐震改修工事が実施されました。

裏側
サクラ開花基準木のソメイヨシノと庁舎