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菱田春草筆「鎌倉時代闘牛の図」

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年7月18日更新

菱田春草筆「鎌倉時代闘牛の図」(ひしだしゅんそうひつ かまくらじだいとうぎゅうのず) 1幅

 明治時代、日本画の発展に力を尽くした飯田出身の画家、菱田春草の作品です。

区 分:飯田市有形文化財(平成30年7月18日 指定)

所在地:飯田市美術博物館

所有者:飯田市

年 代:明治27年(1894)

規模等:縦42.3cm、横57.6cm、絹本著色(けんぽんちゃくしょく ※1)、軸装(じくそう ※2)、落款(らっかん ※3)・印「秋江」(※4)、箱書「鎌倉時代闘牛之図 春草筆」「菱田駿識」

※1 絹本著色:東洋の絵画で、絹(きぬ)に色が塗られている絵画をいいます。

※2 軸装:掛け軸の形に仕上げられた書画をいいます。

※3 落款:作品に筆者自身が書いた名前や日付、印などをいいます。

※4 秋江:明治26~29年にかけて春草が用いた画号(文人・画家・書家などが本名以外に用いる名、雅号とも)です。

とうぎゅうのず

概 要:

激しく争う2頭の牛や、それを取り巻く群衆の姿を描き、都路の喧噪(けんそう)ぶりを伝える作品です。

大和絵(やまとえ ※1)の筆法による明確な輪郭線と鮮やかな色彩を特徴とする一方、金泥(きんでい)による霞(かすみ)を描き、空間性と光の効果を表しています。硬軟自在な輪郭線による人物描写は鎌倉期の絵巻物「一遍上人絵詞伝」にみられる手法であり、金泥の霞の描写は西洋美術の遠近法や陰影法です。

東京美術学校(※2)で春草は、狩野派(かのうは ※3)、大和絵、円山四条派(まるやましじょうは ※4)など、日本の伝統的な手法を学び、またデッサンの授業を通じて西洋絵画の写実技法も学んでいます。これは岡倉天心(おかくらてんしん ※5)の指導方針によるものですが、当時の天心は日本画の画面に西洋画のリアリティを導入することを望んでいました。そして、のちの朦朧体(もうろうたい ※6)へと続く春草の基本姿勢となっていきます。

本図は明治27年4月10日から16日にかけて東京美術学校で開催された「授業成績物展覧会及校友会臨時大会」の校友会臨時大会への出品作で、賞牌第二席の受賞作です。現存する春草作品のなかでは最も早い出品受賞作であり、東京美術学校時代の学習活動の成果が良く示されています。

校友会臨時大会終了後の6月、本図は春草の兄為吉に贈られています。為吉は画家となる希望を懐いていましたが、菱田家の惣領(そうりょう:跡取り・相続予定者)ということで諦め、自らの夢は春草に託して東京美術学校への入学を進め、学費なども援助していました。本図は、学習成果の披露と援助に対する謝礼と考えられます。代々菱田家が所蔵していましたが、平成30年3月に飯田市が取得しました。

※1 大和絵:日本画のうち、中国風のものを唐絵というのに対し、日本の風景や人物、物語を題材にして描かれた絵画とその技法をいいます。

※2 東京美術学校:現在の東京藝術大学美術部の前身となった学校です。

※3 狩野派:室町時代から江戸時代末までの約400年間、日本画の社会において中心となった集団です。

※4 円山四条派:江戸時代中頃に興った新しい日本画の流派のひとつです。

※5 岡倉天心:幕末から大正時代にかけての思想家です。近代日本の美術の発展に貢献しました。

※6 朦朧体:伝統的な日本画に欠かせない輪郭線(りんかくせん)をなくした没線描法という描き方です。明治時代、菱田春草らによって確立されましたが、当時はぼやけてはっきりしない手法であると、悪意を持って朦朧体と呼ばれました。

春草の画風の変遷

1 東京美術学校時代 (明治23~28年〈1890~1895〉・16~20歳)

狩野派・円山四条派・大和絵や西洋絵画の写実法を学び、それらを用いて描いていた頃です。指導者岡倉天心と、それぞれの段階で学んでいた画風に影響を受けています。

代表作:「秋景山水」(東京藝術大学蔵) 倉時代闘牛図」(個人蔵) 「牧童」(飯田市美術博物館蔵) 武具の図(市文化財・春草会蔵)

2 日本絵画協会(※9)時代 (明治29~31年〈1896~1898〉・21~23歳頃)

東京美術学校を卒業し、日本絵画協会に参加して制作をしていた時代で、輪郭線を重視しつつ、空間性や写実性を意識した制作姿勢に特徴がみられます。

※9 日本絵画協会:明治時代に存在した日本の美術家の団体です。

代表作:「寡婦と孤児」「水鏡」(共に東京藝術大学蔵) 「拈華微笑」(東京国立博物館蔵) 

3 日本美術院(※10)時代前期 (明治31~35年〈1898~1902〉・23~27歳頃)

日本美術院結成後、西洋絵画の空間性や写実性を日本画に導入しようとし始めていた時期です。輪郭線を廃止して色彩のみで画面を構成しようとしています。その画風は「朦朧体」と批判されました。この時期には空間性の造成が追求されています。

※10 日本美術院:明治31年(1898)、東京美術学校を辞めた岡倉天心・菱田春草・横山大観(よこやまたいかん ※11)らが創立した美術団体です。

※11 横山大観:近代日本の美術家・日本画家の巨匠です。東京美術学校では春草と同期で、春草ととも朦朧体を完成させました。

代表作:「秋景」(島根県立美術館蔵) 「菊慈童」(県宝・飯田市美術博物館蔵) 「釣帰」(山種美術館蔵) 「白き猫」(市文化財・春草会蔵)

4 日本美術院時代後期 (明治35~37年〈1902~1904〉・27~28歳頃)

朦朧体の画風には、色彩の暗濁化がみられたことから、その純化(※12)を目指していく時期です。空間性よりも、描写対象の立体感や写実性を重視する姿勢がみられます。

※12 純化:混じり気のない状態にすることをいいます。

代表作:「王昭君」(重要文化財・善寶寺蔵) 「霊昭女」「鹿」(共に市文化財・飯田市美術博物館蔵)

5 外遊(※13)・五浦(※14)時代 (明治37~41年〈1904~1908〉頃・28~33歳頃)

国内では朦朧体と批判されていた春草と横山大観は、明治37年、岡倉天心とともにアメリカ、続いてヨーロッパへ渡り、展覧会を開いています。春草らは海外では高く評価され、これにより国内での評価も上がってきました。

外遊によって色彩の重要性を再認識した春草は、朦朧体の空間性を求めつつも、澄んだ色彩による作画を試み、朦朧体画風を完成させます。また、色彩をより重視するようになり、点描表現なども試みています。

※13 外遊:研究や視察などを目的に海外を旅行することをいいます。

※14 五浦(いずら):茨城県北茨城市にある海岸の景勝地です。日本美術院は五浦に別荘を建てて、絵画部門はそちらへ移動しました。

代表作:夕の森」「夜桜」「帰樵」(共に市文化財・飯田市美術博物館蔵) 「賢首菩薩」(重要文化財・東京国立近代美術館蔵)

6 代々木時代前期 (明治42年〈1909〉頃・34歳頃)

眼病を患った春草は、五浦から東京の代々木へ移り住みます。一時的に回復した春草は、空間性よりも「絵の面白味」を重視するようになり、輪郭線も復活して装飾的な作例を手がけるようになります。装飾性と写実性が一体となった画風に特徴がみられます。代表作「落葉」は、代々木の雑木林にイメージを得た作品です。

代表作:「秋木立」(東京国立近代美術館蔵) 「落葉(重要文化財・永青文庫蔵)

7 代々木時代後期 (明治43年〈1910〉頃・35歳頃)

「落葉」に増して装飾性が進み、背景の空間は空白のままで残されるようになります。また、装飾性と写実性が対置(※15)されるようになります。

※15 対置:対照的な位置に置くことをいいます。

代表作:「雀に鴉」(東京国立近代美術館蔵) 「かけす」(個人蔵) 「黒き猫」(重要文化財・永青文庫蔵) 「春秋」(市文化財・飯田市美術博物館蔵)

8 最晩年期 (明治44年〈1911〉頃・36歳)

「黒き猫」以降、より装飾性に傾き、琳派(りんぱ ※16)の強い影響を受けるようになります。金地に濃い色彩の作例が多くなっていきます。

※16 琳派:桃山時代後期から近代まで活躍した芸術上の流派で、「風神雷神図」(俵屋宗達)などで知られます。背景に金銀箔を用いたり、大胆な構図、繰り返すパターンなどが特徴です。

代表作:「猫に鳥」(茨城県近代美術館蔵) 「早春」(個人蔵)

こちらもご覧ください

菱田春草の足跡 (飯田市のウェブサイト)

春草作品の紹介1 (飯田市美術博物館のウェブサイト)(外部リンク)

春草作品の見学 (日程・交通アクセス等 飯田市美術博物館のウェブサイト)(外部リンク)

春草作品の紹介2 (文化遺産オンライン 文化庁のウェブサイト) (外部リンク)

書籍 『菱田春草 鑑賞ガイド』 飯田市美術博物館

書籍は飯田市立図書館(外部リンク)でご覧いただけます