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正月行事

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年1月16日更新

正月行事(しょうがつぎょうじ)

記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(昭和29年11月 国選択)

概 要:

正月行事は、日本の年中行事において盆行事とならんで最も重要な節目とされており、その年の豊穣(ほうじょう)を司(つかさど)る歳神様(としがみさま)をお迎えする行事です。

歳神とは、年の初めにやってきて、その年の作物が豊かに実るように、家族みんなが健康でいられるように、見守ってくれる神様です。正月に門松や注連飾り(しめかざり)、鏡餅(かがみもち)を飾ったりするのは、歳神を歓迎するための準備です。新年にいう「明けましておめでとうございます」という挨拶も、年が明けて歳神を迎える際の、祝福の言葉でした。

元日(1月1日)から1月7日までを大正月、14日から16日までを小正月といいます。実際には年末から正月準備を始めており、1月20日頃まで行事が続きます。こうした行事は、近年の家族構成やライフスタイルの変化と共に、著しく変化、消滅しています。

以下に現在も続けられている行事を中心に紹介しますが、呼称や日にち、やり方やしきたりは、地域や家庭によってさまざまです。

大 正 月

12月下旬

すす払い

竹の葉をほうきにして、軒下のクモの巣を払ったりします。年末が近づくと普段しないところも掃除して、汚れとともに一年間の厄(やく)を払います。

門松(かどまつ)

門松

神様は高いところから降りてくると考えられており、門松は神の依代(よりしろ ※1)と考えられています。

飯田下伊那の伝統的な門松は、門のように2本の杭を地面に刺し、これに松や竹、注連縄(しめなわ)、紙垂(しで・たれ)やオヤスなどで飾り付けたものです。

竹を斜めに切って三本組み合わせた門松は、見た目の豪壮さと作りやすさ、それに舗装が多くなり地面に刺せられないという住宅事情もあって広まっています。

※1 依代:神霊がよりつく対象物をいいます。

松迎え

門松の材料を採りにいくことをいい、12月下旬から行います。かつては、恵方(えほう ※2)から採ってきました。

松迎えや門松作りは、「苦松(くまつ)」などといい、12月29日は避けました。また、31日に飾ることを、真心がない「一夜松」といって避ける家庭もあれば、31日と決まっている家庭もあります。

門松の設置に先立ち、松や竹などの材料の前に、一升枡に白米を山盛りにして田作り(煮干しなど)・みかん(または柚子)を供えます。

※2 恵方:歳神がいる方角とされ、干支(えと)によって方角が決まっています。

花杭(はなぐい)・杭棒(くいんぼう)・はざ杭

杉や桧などの真っ直ぐな棒で、長さは2m前後の杭ですが、10mもの高さにする地域もあります。かつては毎年山から伐ってきて、稲刈りの頃には実際に稲を干す「ハザ」に使いました。

松・竹

冬でも青葉が枯れない松や竹は、強い生命力の象徴です。奇数がめでたい数と考えられており、松は5段か3段に枝が張るように伐ります。

家や地域によっては、「先祖が竹で怪我をした」などの理由で、松だけで飾る家、竹だけで飾る家もあります。

紙垂(シデ・タレ)

紙に切込みを入れて、雷光のようにギザギザにしたもので、聖域を表しています。

オヤス 
おやす

ワラを筒状に編んだもので、縁のコブの数を12個(月の数)以上作れといわれています。家によって数は違いますが、30前後は必要で、門松用には大きなものを1対作ります。「神様の食器」といわれており、ご飯や雑煮、赤飯、粥などを供える家もあります。

注連縄・輪締め・ゴボウ

注連縄は、神聖な区域であることを示すものであるとともに、用い方によっては神様が宿る場所ともいわれます。

ゴボウとは、食べ物のゴボウのように先端を細く綯ったものです。注連縄と組み合わせて飾られます。

おやす 秋葉

輪締め(わじめ・ワッパとも)とは、簡単な注連縄を丸く結んだもので、注連縄とゴボウを簡単に表現しています。輪締めとオヤス、松、紙垂などと組み合わせて注連飾りとし、玄関・年神棚や床の間・神棚・便所・各部屋の戸や蔵、井戸、家から離れた氏神や小祠など、各所に飾り付けます。

歳神棚(としがみだな)

座敷に天井から縄で板を吊るして、オヤスや注連縄などで飾り、歳神へのお供えを進ぜます。床の間を歳神棚として飾り付ける家もあります。

餅搗き(もちつき)

餅つき

八が末広がりで良い、ということから、12月28日に餅つきを行う家庭が多く、12月29日は苦を連想させるために行わない家庭が多くあります。一方で、「福」に通ずることから、29日と決めている家庭もあります。

切り餅、お供え、豆餅を合わせると、3升や4升も搗かなければなりません。

お供え(おそなえ)

歳神へ供える鏡餅(かがみもち)のことです。丸く皿状の形は昔の鏡を模したもので、上に乗せるだいだい色のみかんは、昔の玉(宝石)を模したといわれています。大きいお供えの他、小さなものも注連飾りと同じくいろいろな場所へ供えます。

鏡モチ
豆餅(マメモチ)

豆餅とは、もち米にうるち米(普通のお米)が加わったあられ餅で、大豆が少し入っています。カマボコの形にしてから適当な厚さに切って、小判の形に仕上げます。マメ(健康)で小判がザクザク入ってくるように、との願いが込められています。

12月31日(大晦日 おおみそか

お年取り(おとしとり)

新年を迎える準備が整うと、年男(としおとこ ※3)や一家の主から風呂へ入り、身を清めます。歳神や秋葉(あきば ※4)・恵比寿(えびす ※5)・仏壇などに御頭付(いわし)・お神酒・ご飯・汁・塩などを盛り、灯明(とうみょう)をともし、柏手(かしわで ※6)を打ち、一年の無事を感謝します。門松のオヤスにご飯を盛る家庭もあります。神仏に捧げた食事は、神棚のものは男性の年長者が、仏壇のものは女性の年長者がいただきます。

これから正月三が日までは、毎日の朝夕、神棚に灯明をあげます。

※3 年男:正月行事の一切と取りしきる役で、年末に家内で決められました。年取り料理を準備する役は年女といわれます。

※4 秋葉権現:浜松市にある秋葉大社の祭神で、火事にならないという火伏(ひぶせ)の神様として信仰されています。

※5 恵比寿:日本古来の神で、福や商売にご利益があるといわれています。同じく商売繁盛にご利益があるといわれる大黒天(だいこくてん)とセットで祀られている場合が多くあります。

※6 柏手:神や神社を参拝するときに、両手を一度合せて開き、再び合わせる際に音を鳴らす行為をいい、拍手ともいわれます。

年取り料理(お節料理)
年とり
お節とは、季節の変わり目である節句(せっく)のことをいい、やがて正月料理のことをいうようになったといわれています。

献立には、年の始まりを祝うとともに、一家の健康や発展の祈りが込められたものとなっています。正月は料理をしなくても良いように、日持ちがするものが多くありますが、年取り料理は残さず食べる風習がある家庭もあります。また、1月6日までは味噌を使わない、7日まではネギを食べない、といった決まりもありました。

伊那谷の伝統的な年取り料理は、その代表的なものとして全国的に知られています。飯田下伊那での主な献立は以下のとおりです。

白飯(新米):正月に食べるごはんは新米と決まっていました。「節米」といい、正月専用の米を一俵用意する家庭もあります。

年取り魚(鰤または鮭など):かつての日本では、漁村などを除き、肉はおろか魚さえ口にするのはまれな食事が一般的で、海の魚は正月やお祭りなど、特別な日にしか食べられないものでした。伊那谷では鰤が多く食べられています。かつては富山湾で水揚げされて塩鰤にされ、飛騨から下呂、南木曽を経て飯田にもたらされていました。

黒豆:日に焼けて肌が黒くなるまで健康に働けるように、との願いが込められています。

タツクリ(田作り):イワシの稚魚で、かつてイワシは田の肥料に用いられたことから、豊作を祈願したものです。

数の子:子孫繁栄の意味が込められています。

しぐれ煮:貝ひも・人参・しいたけ・れんこん・昆布・しょうが・こんにゃくを煮たものです。れんこんは穴が開いていることから「先が見通せる」ものとして、喜ばれました。時雨(しぐれ)が降る頃に作ることが名前の由来といわれています。伊那谷でも上伊那地方にはみられない、飯田下伊那独自の郷土食です。

おなます:大根と人参の酢漬けで紅白を表し、新年を祝います。

:豆腐・里いも・大根・ごぼう・人参・こんにゃく・糸昆布の7品を醤油で煮込んだもので、煮物・大汁などとも呼ばれています。根菜の煮物で、刀の斬り方に似ているため斜めには切らず、丸く根菜を切るようにといわれています。昆布は、「よろこぶ」に通じます。

この他にも、昆布巻きやタコ、カリンの砂糖漬け、栗きんとん、お客様用に鯉の甘煮などを用意したりしました。

正月料理については、末尾の参考図書にレシピが紹介されています。

二年参り

二年参り

神社や寺院に、年が明ける前に参拝するのが二年参り、年が明けてから参拝するのが初詣というのが一般的です。仏教寺院では、日付が変わる前に除夜の鐘(じょやのかね ※7)を撞(つ)きます。

地域によっては、一家の主や地区の代表者が、氏神や産土(うぶすな ※8)の神社へ集まって新年を祝うところもあります。

※7 除夜の鐘:除夜(大晦日の夜)から午前0時をまたいで鐘を撞く行事をいい、仏教で人の悩みの数といわれる108回搗かれます。

※8 産土:その人が生まれた土地や、その土地の神様のことをいいます。

年越しそば

そばが千切れやすいことから、今年一年の災いを断ち切る、という意味合いで日本中広く行われている風習ですが、元々の飯田下伊那にはない風習です。

1月1日(元日 がんじつ

若水(わかみず)

新年を迎えると、まだ暗いうちに、一家の主が新年で最初の水をくみます。かつては井戸や湧水をくみましたが、現在は蛇口をひねるだけです。

福茶・歯固め(はがため)

歯固め

若水を沸かしたお湯で茶を入れ、お茶うけとして、干し柿・栗・豆を食べます。「マメ(健康)でくりくりかきとるように」といわれ、健康でよく働き、災いをかきとるように、という意味です。干し柿に種が多いとお金が貯まるといって、喜ばれました。

近年は天津甘栗や落花生などですが、かつては茹でた栗と炒った大豆でした。

お雑煮

歯固めの後、お雑煮を食べます。汁は年取りに使った汁で、餅は焼かずに若水でゆでたものです。元日にはご飯を炊かないといわれています。

お年取りと同じく、神仏に進ぜてからいただきます。

初詣(はつもうで)

雑煮をいただいたらお宮参りに出かけます。元旦(1月1日の午前中)、元日(1月1日)中、正月三が日(1月3日まで)、あるいは正月中に参拝すれば良いなどと、家庭や地域によって風習は様々です。

年賀状

年が明けると、親戚や知人へ新年のあいさつに出向いたり、また来てくれたりします。年賀状は、遠方で行けない方へ、ハガキであいさつをするものです。

1月2日

仕事始め

摺り初め

2日は仕事始めといい、「書初め」「買い初め」などのように、一年で最初に物事を始めるのに良い日とされています。家庭ではすり初めといい、すられた山芋が朝食に出されます。

買い初めでは、末広(扇)と金引(麻紐)、御頭付の鯛、蛤を買い求め、3日に行う恵比寿開きの準備をします。福縄という太い注連縄をないます。

1月3日

恵比寿開き(えびすびらき)

えびす

朝、恵比寿様(えびすさま・おいべっさま)を祀った神棚に小豆ごはんと汁を供え、家中の財布を枡に入れて預けます。恵比寿は財宝を司る神様で、財産が3倍に増えるといわれます。

えびす

朝食は小豆ごはんで、小豆とその煮汁を入れて普通のお米を炊いた赤飯です。これに、アジやサンマの開き、ハマグリの汁など、「運が開く」に通ずる料理です。

1月6日

六日年(むいかどし)

朝か夜に年取りを行います。年取り魚はイワシ、汁は里芋・大根・人参などを拍子切り(ひょうしぎり 棒状に切ったもの)にしたものです。

七草(ななくさ)

七草
七草とは、セリ・ナズナ(ぺんぺん草)・ゴギョウ(母子草)・ハコベラ・仏の座(タビラコ)・スズナ(カブ)・スズシロ(大根)のことです。 実際にはすべてそろわなかったり、ほうれん草やヨモギなど、別の冬野菜などで代用することもあります。
七草

6日の夜、寝る前に家の主が、床の間の前で七草を切ります。かつては紋付き袴(もんつきはかま)などの正装で行いました。

この時、「七草なずな、唐土(とうと)の鳥が、日本の国へ、渡らぬ先に、あわせてバタバタ」などとうたいます。

1月7日

七草

昨晩切った七草を入れてお粥を作り、どんど焼きで焼いた餅を入れて食べます。この日のみそ汁は、ごぼう・人参・こんにゃく・大根・里いも・大豆などの具を、賽の目(さいのめ:サイコロ状)に切ったものです。

正月の飲食で荒れたお腹を休めてくれるともいわれています。

ほんやり・どんど焼き

ほんやり

ほんやり・どんど焼き・おんべ、などと地域によって呼称は様々です。6日に準備をして翌朝に焼きますが、14日に行う地区もあり、昔は6日に準備を始めて14日に焼いたという地区の伝承もあります。現在は土日に合わせて行う集落が多くなりました。

6日、正月飾りや旧年のダルマを家の前に出しておきます。子どもが中心となってこれを集め、ほんやりの準備を行います。この時、門松は松とワラ細工を出し、杭棒と竹は残すのですが、疫病神が入って来ないように竹を×印にする家もあります。

木や竹を芯にして、正月飾りを回りに積み上げ、縄で縛って円錐形にします。正月飾りが足らない場合は、山から木を伐ってきて加えたりします。頂上には、ご幣やダルマを乗せて見栄えを良くします。

昔は子どもだけで全部を行う行事で、夜によその地区のほんやりから松飾を奪ったり、逆に奪われないように寝ずの番をしていましたといいます。

ほんやり

午後に行う地区もありますが、多くの地区ではまだ朝の暗いうちに火をつけます。

かつては、「ホーホホーホ、ほんやりホーホ、ほんやりは馬鹿で、後には焼かれた」「ホーホホーホ、ほんやり様ホーホ、餅焼き来いよ」などと地区内を歌い歩き、ほんやりの始まりを知らせました。

ほんやり
火が熾(オキ)になると、家から持ってきた餅を焼きます。ここで焼いた餅を食べると1年間風邪をひかない、火の燃えさし(燃え残った木など)を持って帰り屋根に乗せると火事にあわない、などといわれています。

1月11日

お供え開き・鏡開き

各所に供えたお供えを集めて、お雑煮とします。

小 正 月

元旦を中心とした行事を大正月というのに対し、満月にあたる旧暦(※9)の15日を中心とした、主に14日から16日にかけてを小正月といいます。農家正月ともいわれ、農作物の豊作を願った行事が多いのが特徴です。女正月ともいい、大正月には男性や子どもが外出するのに対し、女性が新年のあいさつに回ったり親元に帰ったりしました。大正月と比べて著しく衰退しているのが現状です。

※9 旧暦:地球が太陽を回る365日を一年とする新暦に対し、月の満ち欠けを一月とし、12ヵ月354日または13ヵ月384日を一年とした暦です。新暦は欧州の基準で1月1日が決められており、日本の旧暦とは約1~1.5ヵ月のずれがあります。

1月13日

餅搗き

小正月の餅搗きを行います。大正月の餅つきと同じ人がやらないと、「片もち」「欠ける」ので良くないとされています。

もちばな
はなもち

餅花:餅を薄くのばしてサイコロに切って、笹を払った竹の枝に刺します。稲穂を表しており、豊作の祈りが込められています。

まゆだま

まゆ玉・柿玉:石臼でひいた米粉を蒸かして、カイコのまゆや柿の形にしたもので、これをビンカ(※10)やソヨモ(※11)の枝に刺します。これもまゆや柿の豊作を祈ったものです。

これらを石臼にさして、大黒柱の前や土間などに飾りました。現在は行う家庭は少ないですが、下久堅地区では丁寧に行っている家があり、下久堅地区まちづくり委員会のウェブサイト(外部リンク)にも掲載されています。

※10 ビンカ:イヌツゲのことをいい、本州から九州に分布する常緑広葉樹で、植え込みによく利用されています。

※11 ソヨモ:正式にはソヨゴといい、西日本に分布する常緑広葉樹で、長野県では神事において榊に使われています。

オニギ(鬼木)・ニュウギ(新木):アワンボウ(※12)の木を伐ってきて、15cm程度に切って半分に割り、「十二月」あるいは「-」を12本書きます。うるう年は十三月、あるいは13本書きます。一月一月12ヵ月間、無事で過ごせるよう願いが込められています。これを大正月にオヤスを置いたところすべてに置き、お供えもこの上に進ぜます。

わかぎ

ワカギ:鬼木と同じようなもので、アベマキなど雑木で、薪と同じくらいの大きさに作られています。これを門松や玄関、裏口、土蔵など、各所へ立てかけます。

こしょうがつ

門松:大正月6日以降、杭と竹だけになっていた門松の足元に薪を積み上げ、ワカギを立てかけ、竹の枝にはアワンボウの丸太を刺します。薪やアワンボウは米俵などを表して豊作を願ったものです。

あわんぼう

※12 アワンボウ:ヌルデやホウの木などをいい、木の中心にスポンジ状の空洞があり、枝などが刺し易くなっています。

1月14日

お年取り

朝、正月と同じようにお供えを供えて年取りを行います。朝早いほど良いとされ、大晦日と同じに行います。農家では、鍬や鎌、耕運機など農機具をきれいに洗い、お供えとオニギを供える家もあります。

ほんやり・どんど焼き

1月7日のほんやりと同じですが、お年取りの後に行います。大正月の竹のうち、一本をほんやりの餅焼きに、もう一本を後日行われる「コトの神送り」に使う地域があります。

上村ではどんど焼きに続いて、前年の新婚夫婦を祝う行事「御祝棒」が行われていました。

お日待ち(おひまち)

産土の神社や集会所などに地区で集まり、神主がお祓いを行った後、直会(なおらい ※13)となります。家族だけで座敷で執り行う家もあります。 

※13 直会:神事の終わりに、神前に進ぜた食物を参加者がいただくことをいいます。人と神が同じものを食べること(神人共食)に本来の意義があるといわれています。

厄落とし(やくおとし)

かつて33歳、42歳の男性と、女性19歳、33歳、37歳の女性はこの日、厄落としを行いました。自分の使っているご飯茶碗に小銭と大根を輪切りにしたものを歳の数だけ入れて、夜に辻で投げつけて割り、振り向かないように帰りました。

1月15日

餅 粥

かゆ

14日のほんやりの餅を入れたお粥に、賽の目の具のみそ汁がつきます。大風が吹いて稲が倒れるなどといい、お粥を吹いて冷ましてはいけない決まりです。

成り木責め(なりきぜめ)

朝、父子や祖父と孫が問答をしながら、柿など実のなる木を鉈(なた)や斧(おの)で軽く傷つけ、お粥(15日の餅粥)をつけて歩きます。

「成りそか、切りそか、成らねば切るぞ」「成ります、成ります、鈴なりに成ります」などといい、実の豊作を願います。

再現の様子が農業課のウェブサイトに掲載されています。

1月16日

餓鬼の首(がきのくび)

 お金を使ってはいけない日、仕事をしない日などといわれています。地獄の釜のふたが開く日といわれますが、詳しい由来は不明な点が多いようです。お盆の8月16日(旧暦の7月16日)も同じように餓鬼の首と呼ばれています。

1月20日

お供え開き

小正月の飾りを片付けます。お供えをお雑煮にしていただき、餅花は揚げて砂糖しょう油で、柿玉とまゆ玉は焼いてしょう油をつけたり、熱湯に入れてきな粉をつけて食べたりします。餅花は、しばらく残したりもしました。

2月1日

たのものついたち

門松の杭を抜いて片付ける日です。この日に小正月のお供え開きをする家もあります。

書籍案内 ~もっと知りたい方へ~

『ふるさと飯田の民俗』 飯田市教育委員会  

『信州伊那谷のまつり 三石家の一年』 南信州新聞社出版局

『上久堅の民俗』『飯田・上飯田の民俗 I』『三穂の民俗』『遠山谷北部の民俗』『遠山谷中部の民俗』『遠山谷南部の民俗』 飯田市美術博物館

『飯田の風土料理読本』 飯田市生活改善グループ連絡協議会

『信州の伝統行事と食 -水系をめぐる食文化-』 八十二文化財団

飯田市立図書館(外部リンク)で貸出可能です。