史跡恒川官衙遺跡の発掘調査現地見学会を開催します
日時:令和8年5月17日 日曜日 午前10時~ 90分程度
場所:飯田市座光寺4753-6
JR飯田線元善光寺駅から東へ約200m(下記位置図及びマップ参照)
内容:
古代伊那郡衙(ぐんが)の正倉跡などの見学・説明
正倉発掘調査のイメージ(画像は過去の調査のものです)
その他:
- 事前の申し込みは不要です
- 強雨の場合は翌週24日(日)に延期します(小雨決行)
- 実施・延期の判断は、当日8時30分に判断します
- 当日判断で延期とした場合、本サイトで告知は致しません
- 駐車場には限りがありますので、できる限り自家用車以外の手段をご利用下さい
- 歩きやすい靴や汚れてもよい服装でお越しください
担当者より:
飯田市教育委員会では、史跡 恒川官衙遺跡(ごんがかんがいせき)の歴史公園整備のため、発掘調査を実施しています。
これまでの調査により、正倉院には11棟以上の正倉が建並んでいたこと、そのうちの8棟は直線上に配置されていたことなどがわかっています。
歴史公園整備では、正倉1棟を復元することを計画しています。正倉復元には建物の正確な規模の把握が必要です。そのため、地下に残された柱の痕跡を確認するための調査を実施しています。
このような調査成果を市民の皆さんに見ていただきたく、現地見学会を開催いたします。正倉の跡は、長野県内では恒川官衙遺跡でしか見ることができません。今しか見ることができない遺跡の姿を、ぜひご覧ください。
恒川官衙遺跡とは?
古代の役所「伊那郡衙」と考えられる遺跡で、正倉院を構成する建物址、館(たち)または厨家(くりや)とみられる建物址などが見つかっています。平成26年に国から史跡(重要文化財の遺跡版)に指定されました。
伊那郡衙とは?
飛鳥・奈良・平安時代、7世紀後半から10世紀前半にかけて伊那郡を治めた役所の跡地と考えられる遺跡です。官衙(かんが)とは官庁・役所のことで、郡衙(ぐんが)であれば郡役所、国衙(こくが)であれば旧国の役所(現在の県庁相当)を示します。
奈良時代前半の伊那郡衙の想像図
正倉とは?
大規模な高床式の倉庫で、税である米や穀物を納めていた官衙の中心施設です。
関連サイト:
史跡 恒川官衙遺跡 (恒川官衙遺跡の解説)
恒川ニュース (恒川遺跡群発掘調査のようす)
場所:


